拍手小話

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偵察

 セントビナーの守備隊との話し合いが終わると、ジェイドは導師と余計な連れを宿舎に置き、町の外へと忍び出た。オラクル騎士団が確かに引き上げたかどうか、我が目で再度確かめたかった。マクガヴァン元帥とその息子である少将を信じてはいるが、実際に行動するのは彼と体の弱い導師、役立たずな上に我がままな王族の少年にその取り巻き連中だ。念には念をいれるのが、彼の流儀だった。
 長年の軍人生活で鍛えられた彼の勘が、今までの経過に何かちぐはぐなことがあると教えていた。これは全てが偶然なのだろうか。
 ダアトの導師の体の弱さは、従前にマルクト帝国が握っていた事実と相反する。確かに病いにかかったらしいというところまで情報を得ていたが、あのひ弱さは病み上がりとは別物だ。しかも、すでに大病から二年は経過している。
 あの赤毛の少年は記憶がないと言う。脇についている従者は、キムラスカの王都に住みながら、マルクト帝国のこんな田舎の町まで知っている。バチカルからここまで追いかけて来なければならないほど、大切な少年とは何者だ。王族に連なっているとは言え、あそこまで過保護に育てられていることには理由があるはずだ。しかも、一緒に行動している少女はダアトの出身だ。あれほど異常な第七音素の反応を引き起こしたとは、どういうことだ。
 ジェイドは人影が消えた街道の前後を見回した。春の夕暮れ、彼の研ぎ澄まされた五感は、穏やかな一日の終わりを捉えるだけだった。
 タルタロスの大掛かりな襲撃は何を意味するのだろう。彼に向かってあのような大仰な仕掛けを用意しているとは、ダアトはずいぶんと前からなんらかの計画を立てていたことになる。それは現在の導師の目的と関係があるのだろうか。緻密にして、どこか荒っぽく、しかも、目的がはっきりしない。彼がダアトの保守派であるなら、導師の足止めをするぐらいなら、バチカルを装って、マルクト帝国に襲撃する。そして、両国の話し合いのテーブルにゆさぶりをかけることだろう。その方が導師の動きを阻止するよりもはるかに効果的だ。
 考え込んでいたジェイドは、ぴたりと足を止めた。目の端に何かが入った。街道近くまで迫った森の縁を、もう一度注意深く彼は端から端まで観察した。明るい新緑の森は夕暮れの中でひっそりと佇んでいる。あるかないかの微風に、散り際の山桜が揺れ、花びらが穏やかに地に落ちていく。
 それは、桜の木の下で揺れていた。
 図らずもジェイドは急ぎ足で生い茂った藪を掻き分けた。薄暗い藪の中、使い古された黄色のリボンの切れ端は頼りなく揺らいでいる。消えるわけでもないのに、ジェイドは慌ててその切れ端を掴んだ。それは、たいしてほつれておらず、端は明らかに丁寧に切られていた。つまり、意図的にそこに置かれたのだ。聡い少女は六神将の気配に、セントビナーを迂回したに違いない。
 自分が見込んだだけのことはある。導師守護役として選ばれたことは間違いではなかった。我知らず、にっこりとジェイドは微笑んだ。そしてまた、厳しい表情へと戻り、ジェイドは再びさきほどの疑問を追いかけ始めた。
 導師守護役はこの二年、全ての者が入れ替えられている。マルクト帝国の情報網では予想しえなかった新人ばかりがこの役についている。その中から、今回のお忍びの旅にアニスが選ばれたのは、偶然なのだろうか。
 導師の落ち着いた微笑みの後にある諦念はなんだろうか。導師守護役が撒き散らす無邪気な笑いに隠された動揺は何を意味するのだろう。ジェイドは指先にぶらさがる薄い黄色のリボンを再び見つめた。彼の疑問に対する答えはそこにはない。だが、くたびれた小さな布切れは何かを訴えていた。
 ぐっとそれを握り締め、ジェイドは町へと振り向いた。少女は彼の与えた指示を守っている。彼もまた、与えられた任務を終わらせることを第一に行動する。彼の主である皇帝にも、静かな面持ちで手を差し出した教団の頂点にも、今も一人で奮闘している少女にも誓った。だから、死霊使い(ネクロマンサー)はそれを違うことはない。
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