拍手小話

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原罪

 アクゼリュスの坑内は悲惨の一言に尽きた。そこにある光景は語るにはあまりに凄惨であり、足を踏み入れた者は息を呑んで立ち尽くすだけだった。出来ることは何もなく、手の施しようがなかった。
 ジェイドは油断なく周囲を観察した。まともに動いている者はおらず、皆、瘴気に犯され、倒れている。助けを求めて呻く声や、苦しみの断末魔が響くだけだ。だが、彼の本能は明らかにこの光景がおかしいことを告げていた。キムラスカの兵の姿はほとんど見当たらず、地に這いずりうめく者達はおおよそ鉱山の労働者ばかりだ。瘴気は、人を選別することはない。いくら鍛えているからといって、瘴気に立ち向かえるわけではない。
 ジェイドは再び広くなった坑内の作業場をぐるりと見渡した。彼の動きで我に返ったのだろう。背後で凍りついたように立っていた一行もようやくああと驚きの悲鳴をあげた。
 最初に動きだしたのは、ナタリアだった。目の前に倒れている労働者に駆け寄ると、膝をつき、震える汚れた手を取り、優しく声をかけた。凛とした彼女の声が、坑内に満ちた絶望を吹き飛ばし、ティアやアニス、ガイがすぐさまそれに反応した。
 ジェイドは、彼の背後で指示を待つ部下に、坑内にいるはずのキムラスカ兵とオラクル騎士団のヴァン謡将の一行を探しだすようにと命じた。さしもの彼も、仲間の必死の努力を見ないふりをしてまで、ヴァン謡将を追跡する余裕はなかった。自分の判断力が周囲の悲惨な状況に影響されていると気付けなかった。やっかいな王族の子供に目を光らせることを忘れてしまった。


 赤い瘴気の海の中で、タルタロスの舵を握り、ジェイドは唇を噛む。ガイが操作盤の上に覆いかぶさるように、艦の動力を確かめている。ガイの指示を繰り返しながら、少女が必死に艦の操作を手伝っている。脇で導師が沈鬱な表情のまま、その動きを眺めていた。
 艦橋から見える甲板の上に、瘴気の照り返しを浴びて、さらに毒々しいほど真赤な髪が揺らいでいる。瘴気を浴びる時間は少なければ少ないほどよい。室内に入れ、と言うべきであったろう。だが、今、あの少年に何の言葉をかけても通じないであろう。少なくとも、ジェイドは掛けるべき言葉を持たなかった。
 取り返しのつかないところまで事は進んだ。ジェイドは舵を力一杯握りしめた。導師はささいな封印を解くだけで倒れた。目の前の赤い髪の少年は瓜二つの存在を持つ。ダアトでは何が進んでいるのだろう。封印されたはずの彼の過去の罪は、音もなく彼の身近に迫り、それと気づいたときには、逃げる場所はなかった。
 今や、彼どころか、あらゆるものに害をなしている。
「大佐、進路を南南西に」
 ティアの声に彼はぞんざいに舵を取った。ぐらりと艦が揺れ、ナタリアの押えた悲鳴が艦橋に響いた。物問いたげにアニスが彼を振り向いた。ガイが声をかけようと立ち上がり、彼の表情に何も言わずに座りなおした。
 ジェイドは行く手に立ちこめる瘴気を睨みつけた。ここにいる誰も彼のなしたことを知らない。だが、償われることのなかった罪は購いを求め、小さな氷の雫は大きく無慈悲な流れとなり、今や彼どころか、彼の周囲までも飲み込もうとしている。
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