拍手小話

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メジオラ高原(二回目)

 長い間に水の力で岩は複雑に削られ、あちらにもこちらにも迷路のように上下の交叉が出来、覗きこむ先は袋小路だったりする。むき出しの岩盤は生き物を寄せ付けず、荒涼とした岩肌には萎たれた草がほんの数本へばりついている。何もない荒削りな自然の姿は見るものに畏怖を感じさせ、またその険しい地形もまた人を容易に寄せ付けない。古代にこの地に秘跡のシステムを作ろうとしたのも無理はないだろう。
 だけど、肝心のシステムにたどり着くのに何もこんなに七面倒くさい道にしなくてもいいのに。ただでさえ体の弱いイオン様をあっちに、こっちに移動させるとはどういうことなの。
 アニスは埃っぽい道の中、イオン様の脇をぶつくさとこぼしながら、歩いている。固い岩盤の道は風に削られた砂に覆われ、歩く度にふわふわと埃のように砂が舞い上がる。ルークとガイがときおり飛び出すモンスターを警戒をしながら、前を行く。背後でナタリアとティアが日差しを遮るものがないことに文句を言いながら、歩いていた。そして、イオン様を挟んでアニスの反対側を大佐が歩いている。
「古文書によれば、この辺りも木々が生い茂り、深い森だったのだそうです。その頃、訪れることができれば良かったですね」
 彼女が守るべき主は、アニスの愚痴を嫌がりもせず聞き、穏やかに慰めてくれる。
「ほぅ、イオン様。それは史実ですか。ダアト教団の図書室で閲覧できるのでしょうか」
 せっかく、イオン様が彼女に語りかけてくれると言うのに、脇から大佐が邪魔をする。アニスはじろりと背の高い男を睨みつけたが、そんな彼女の反応などどこふく風とばかりに、男が澄ました笑みを浮かべた。しかも、導師は図書室の話題にすっかり夢中になり、大佐に丁寧に答える。アニスは強い日差しにきらりと光る小石を所在なく蹴った。
 かつんと固い岩に高い音が木霊したかと思うと、突然それは獣となって襲いかかってきた。はっと主の驚いた息使いに、アニスは獣と主の間に入ると、トクナガを構えた。十歩ほど前にいたルーク達が剣を抜いて走り寄ってくる。呪文が間に合わない。アニスは導師を横へと押しやり、怪物に向き合った。臭い獣の息が降りかかる。
 瞬間、ふわりと彼女の体が浮き上がった。青い制服に押しつけられ、制服のボタンだろうか、体に何かが食い込んで痛かった。息が詰まるほど固く抱き抱えられていたアニスは、次の瞬間、地面に落とされた。彼女は機敏に体勢を立て直して着地すると、守るべき主に向って走り寄った。背後でルークとガイの剣の音が響き、ナタリアの矢がひゅんと唸る。斜め前に立った男の口から低く詠唱が聞こえたかと思うと、まばゆい光と共に、あの嫌らしい獣は姿を消していた。
「アニス、大丈夫ですか」
 地面の上に座り込んだイオン様がアニスを覗き込んだ。
「ああ、それはこっちの台詞ですよ。突き飛ばしてしまってすみません。イオン様こそお怪我はないですか」
 アニスは勢いよくぴょんと立ち上がると、導師に手を差し出した。だが、導師はアニスの手には捕まらず、その脇から差し出された青い手袋の手に引き上げられた。
「アニース」
 大佐が問いかけるような声を出した。アニスは思わず首をすくめた。何もない乾ききった道に油断していたのは彼女だった。
「ご、ごめんなさい」
 だが、いつもなら厭味を上から降らせる大佐は彼女を抱えあげると、ティアを呼んだ。
「ティア、すみませんが、こちらに来てください。ナタリアと一緒にお手数ですが、イオン様に見てていただけますか。ルークとガイ、まだ仲間が周囲にいるといけませんから、気を抜かないでください。私はアニスと話があります」
「おい、ジェイド。アニスを怒るなよ」
 ルークのとりなす声がしたが、てきぱきと命令を下すと、大佐はアニスを岩陰に連れて行った。あの、イオン様が、と振り返るアニスに、導師が心配するなと言わんばかりに首を横に振った。
「さあ、見せてご覧なさい」
 岩陰に入ると、男はアニスの抵抗もものともせずに、ワンピースをたくしあげる。
「ちょ、ちょっと、大佐、何をするんですか」
 アニスの抗議の声は、男のとんでもない動作にぴたりと止まった。
「これでも皆さんを驚かさないように、遠慮してあげているのですよ」
 ああ、やはり、と男がアニスの素肌の上に手を滑らせた。獣の飛び出した牙がアニスの胸の下に触れたらしい。うっすらと赤くなった跡を伸びている。確かに擦れて痛い。ずきずきするかもしれない。だが、今はそれ以上に胸がどきどきしていた。ふわりと風が吹き、素肌をさらしていることをことさらに強調する。
「た、大佐、そんなところ」
 アニスはおろおろと小声を出したが、この男にとっては逆効果だ。
「私の前で危ないまねをするなと言いましたよね。なぜ分かってくれないのです」
 眼鏡を軽く直し、囁き返す男はアニスの背に手を回し、抱き寄せる。乾いた男の唇が今できたばかりの擦り傷の上をたどる。アニスは予想もしない男の動作に息を止めた。
 手袋をはずした指先が傷薬を丁寧に塗り伸ばす。アニスはそのくすぐったいような感触に思わず身をぶるりと震わせた。宥めるように、再び唇が傷に寄せられた。まっすぐに体を硬直させているアニスの首筋を汗が伝い、彼女が気づかぬまにワンピースは元に戻されている。彼女のワンピースの裾をわざとらしく引っ張って直すと、男は囁いた。
「これ以上傷をつけたら、お仕置きですよ」
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