拍手小話

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言い訳

 緑したたる村の広場は人通りも絶え、飼い主を待つ犬が一匹うろついているだけだ。秋も盛りのこの日、エンゲーブは、まさに農繁期を迎え、皆総出で忙しくしている。ある家族は仕事中の畑の片隅で、ある者は納屋の入り口で、昼休みをとっている。静かな村の中には、餌を探す鶏やブウサギの鳴き声しか聞こえない。
 小山のような陸艦は畑仕事の邪魔にならないように、村から数百メートル離れた丘の上に音もなく着地した。新造されたばかりの陸艦は秋の穏やかな日差しを目に眩しいほどに反射した。しばらくすると、艦の横脇が開き、タラップが地面に向ってゆっくりと伸びた。すぐに兵士が足並み揃えて現れ、タラップの下へと並んだ。整列した兵の真ん中を、青い制服の背の高い軍人が大股に歩み出た。砂漠の色にも似たくすんだ金髪が男の歩みにゆらりと揺れ、背後へとなびく。
 丘の上からしばし村の様子を眺めていた軍人は脇にいる兵に向って一言、二言、声をかける。直立不動で敬礼をする兵に軽く手をあげ、そのまま無造作にポケットへと手をつっこむと、男はまっすぐに村へと歩き出した。背後で整列していた兵たちは数秒後には隊列を組み直し、艦の背後の林の中へと姿を消した。


「大佐ぁ、アニスちゃん、待ちくたびれましたよぅ」
 村の門を過ぎたところで、背後から小さな影が軍人に向って走り寄った。
「アニース、お久しぶりです」
 ジェイドは声をした方向を向くと、彼の胸に飛び込んでくる少女を受け止めた。
「大佐、お久しぶりっていうか、先週も会ったでしょ。ところで、何していたんですか。一時間の遅刻ですよ」
「すみません。グランコクマからここまでの間で、モンスターの掃討に少しばかり手間取りました。あなたと一緒にお昼を楽しみたかったのですが、もう終わってしまいましたか」
 降り注ぐ日差しに艶々と輝く黒髪を青い手袋をした手がぐしゃりとかきまぜた。
「アニスちゃん特製のお弁当もちゃんと用意したんだから、ちゃんと待ってましたよ。今日は外で食べるのにはちょうどいいもんね。それより、せっかくまとめた髪をくしゃくしゃにしないでよ」
 アニスは大きな手を押しのけると、ジェイドの前に大きなバスケットを突き出した。大佐は嬉しそうに微笑むとそのバスケットをひょいと軽く受け取った。二人は広場の先にある草地に向って歩き出した。
「それで、他の皆さんはお元気ですか」
「うん、ルークはティアと一緒にユリアシティとバチカルを行ったりきたりしている。ナタリアはアッシュともうすぐ結婚できそうだって。ついに、インゴベルト陛下がうんと言ったって、ルークが教えてくれた。そう、そう、大ニュースだよ」
「一体なんですか」
「ルークに赤ちゃんができたんだよ」
「はて……、ルークは生物学的にオスであり、妊娠できないと思いますが。それとも、とうとうティアに手を出せたんですか」
 エンゲーブの野菜市場に使われる草地は人影がなかった。朝市が終わった後は皆、畑に出ているのだ。空いているテーブルの上にバスケットを置きながら、大佐が軽く笑った。
「まったく、大佐の反応ていつも変わんないね。えっと、正確にはチーグルの赤ちゃん。ミュウにそっくりの水色の仔なの。すっごくかわいくて、ティアがずっと抱っこしているんだ」
「あなたの説明がアバウトすぎるんですよ。それにしても、ミュウにお祝いを言わないといけないですね。おや、ずいぶんと豪華なお昼ですね。頼みごとはなんですか」
 アニスがバスケットから手早く用意した昼食をテーブルの上に取り出す。所狭しと並べられた皿の上からサーモンを一切れつまみながら、ジェイドがアニスに尋ねた。
「ばればれかって」
 アニスの小さな手が大きな手をぱちりとはたいた。
「大佐、いい歳した大人がつまみ食いしないの。実はエンゲーブ近くのレプリカ自治区にモンスターが頻繁に出てくるようになっちゃって。ティアががんばってユリアシティの有志を出してくれていたんだけど、一番近くで人員を割いてくれそうっていえば、マルクト帝国だから」
「正規にダアトから要求がくれば、うちの師団はいつでも問題ないですよ」
「本当、助かった。早速、トリトハイム大詠師にお願いするね」
 アニスは皿を並べ終わると、さあどうぞと自慢そうに、ジェイドに皿を押しやった。
「それでは、遠慮なく。ところで、あなたはどうなんですか」
「アニスちゃんも相変わらず。フローリアンはしっかりしてきたけど、まだまだ、目を離せない。だから、ダアトと自治区と行ったりきたりかな。ディストが大佐とピオニー陛下のおかげで、大人しくレプリカの面倒を見ていてくれる。大佐こそ、どうなの」
「あなたがご存じのとおり、マルクト帝国の最大の問題はいつまでたっても身を固めない皇帝の行く末ですからね。私はいたって平穏ですよ」
「ガイはどうしてるの」
「ガイは、ブウサギの世話をしていないときには、ベルケンドの研究所で譜業機械の組み立て作業していますよ」
「ガイも一人のままなんだ」
「ブウサギと戯れる陛下と音機関が恋人のガイには困ったものですねぇ」
「そういう大佐だって、師団が家族状態でしょ。あ、忘れていた。はい、アイスティー」
 アニスがよく冷やした壜を取り出した。
「アニス、よく気がつきますね。今日のような晴れた日には冷たい物がおいしいですよね」
「でしょ。アニスちゃんのお弁当、大人気なんだから」
 アニスが胸を張って答えたとたんに、かたんと音をたてて、皿がテーブルの上に置かれた。大佐はぐっと身を乗り出すと、詰問した。
「大人気って、アニス、一体、誰に食べさせているのです」
 アニスは自分の一言に反応する大佐の剣幕に目を白黒させた。
「誰って、フローリアンやディストに、たまにルークやティアとか」
 アニスが指を折って数える横で、大佐がまた冷たい声で尋ねた。
「フローリアンとルークとティアは百歩譲って我慢しますが、なぜ、あの下僕があなたのお弁当を食べなくてはならないのです」
「なぜって、ディストは同僚だよ。結構いいやつだし」
 アニスが話す側から、大佐がものすごい勢いで遮った。
「あれがいいやつのはずないでしょ。とんでもない。あいつは犯罪人です。あいつにだけは食べさせてはいけません」
「ディストはあれで役立つんだから、大佐がそんなことを言う権利ないもん」
 アニスがぷくぅとふくれっ面を見せた。
「そうですか」
 ジェイドはやれやれ、困りましたねぇ、と虚空に向いてつぶやいた。
「では、そういうことをあなたと一緒に決める権利を私にいただけませんか」
 アニスは訳がわからないと言うように、目の前の軍人を見つめた。
「どうでしょう。私だって、陛下やガイや、当然ディストにも負けたくありません。私に彼らを出し抜かせてもらいたいのです。あなたの話を聞く度に心配させらてばかりで、心臓の具合が悪くなりそうです。いい加減、私も年ですからね」
 勝手な言葉を並べるだけの、雰囲気も何もあったものではない男の言葉に、アニスは文句を言おうとした。だが、彼女の意志に反して、顔がぽっと赤く染まり、小さな唇は開きかけて、再び閉じた。秋の透明な日差しが二人の座るテーブルに降り注ぎ、水車小屋のカタコト言う音だけが聞こえる。そろそろと差し出された小さな手は、たちどころに大きな手の中に包まれた。
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