七夕のお話 2011

ススム | モクジ

  星の川 (前編)  

 天帝の玉座は輝く星の川の脇にあり、川に流れ込む色とりどりの星の光が天帝の背後を飾り、輝く黄金の髪にいっそう煌かせる。長い髪を結わず、下ろし、重々しい玉座に似つかわしくないくだけた雰囲気で天帝は目にいならぶ臣下達を眺め渡した。天帝が軽く動くだけでも、彼の力に煽られ、無数の星が一斉に瞬く、天宮はその名に相応しい荘厳さに溢れる。ずらりと並ぶ天空の住人達も、ある者は艶やかな虹の衣を纏い、ある者は純白の雲にも似た服を身につけ、いずれも天宮に相応しい姿だ。地上の人間には目に眩しいそれらの姿も、退屈しきった天帝には何の感慨も抱かせなかった。
「余のジェイドはどこだ」
 玉座の腕に肘をつき、頬杖したまま、天帝は尋ねた。しゃらしゃらと軽く天空人の頭を飾る簪や腕輪が触れ合う音がし、ひとしきり囁き声が交わされた。しかし、いつもなら瞬時に前に現われ出でる天帝お気に入りの将軍の姿はない。再び、小さな囁き声を交わされ、銀髪の若い男が御前へと進み出た。
「天帝陛下の思し召しを遍く地に知らしめんと、今朝より地上に下りておられます」
 頬杖をしていた天帝は、ああと頷き、体を起こした。
「そうだった。好きにせよと大地を一つ与えたが、今回は随分と長い時間遊んでいるのだな。では、ガイはいるか」
 銀髪の青年がまたもや首を横に振った。
「嵐風将軍もジェイド雷光将軍の後を追い、地上に下りていらっしゃるかと」
「ジェイドが大地を壊さぬようにと見張りにいったか」
「なんでも、かの大地に天空人が隠れ住んでいるとの報を受け、雷光将軍にお知らせすると申されました」
「もの好きな天空人もいたものだ」
「先の天帝のお怒りに触れ、追放されたと聞いております」
「ふむ、それなら、ガイがジェイドを止める必要もないだろうに。その天空人とは何者だ」
「以前、天宮にて働いておりました織女と牽牛にございます」
「何が先帝を怒らせた」
「はは、二人とも真面目一方ゆえ、先帝が急ぎ召された騎馬の準備に間に合わなかったと伺っております」
「我が父ながら、気の短いところがあったものだ。さしたる罪ではなかろうに。確かにジェイドが大地を壊してはかわいそうだな」
「では、雷光将軍と嵐風将軍にはお戻りを願いますか」
「よい、捨て置け。ガイがあれば、ジェイドも控えるであろう。二人とも飽きたら戻ってくるだろう。なんと言っても今宵は星の祭りだ」
「御意」
 ははっと膝をつく臣下達の上を天帝の視線は素通り、玉座の置かれた広間の先の星々へと向けられた。星の川のほとりに作られた天宮は、宙の中心にあり、虚空に浮かぶ星達がその周囲を守り、許された者しか訪れることが出来ない。厳密に定められた星の動きに守られ、天宮は有限の命の者にはそもそも近寄ることもあたわない。それゆえ、磨きぬかれた床は真に濁りのない氷であり、広大な玉座の間に壁はない。宙の果てまで、天帝の威光が届けるかのように、美しく煌く天宮は宙の中に浮いている。天帝の意を受けたのか、星の川を臨む広間の縁に小さな星達が青白く輝き始めた。
「たれぞ、生まれたての星を面倒みる者はおらぬか。今宵は三つ子の星が現われた。吉兆の印やも知れぬ」
 薄桃色の絹衣をまとった女官達がくすくすと笑い声をもらしたが、前に進み出る者はいない。なぜなら、天帝が星達の養父であるなら、養母は下々では務まらない。女官達は顔を見合わせ、天帝の横に並ぶものはいずこと囁きあう。衣擦れの音に簪が揺れる。
「天妃様をお呼びいたしますか」
 直前に座るフリングス宰相が尋ねた。
「良い。ネフリーはすぐに余の元に来る」
 天帝が言い終わらない内に、玉座の間の奥から月の光が差し込む。青白い月影は透明な丸天井のあちらこちらに反射し、星達をも照らす。
「陛下、三つ子と申されますか。それは楽しみなこと」
 涼やかな声が遠くより響いた。さあと天空人が下がり、広がった隙間を、すらりとたおやかな貴婦人が進み出る。透明な床の下から、彼女が慈しむ子供の星達が彼女の衣を照らす。長い衣は貴婦人が一歩進むたびに翻り、赤にも見えたかと思えば、紫に輝き、一定の色を留めない。
「月照天女よ、待っていたぞ。余を置いてどこぞにいた」
 天帝が玉座から立ち上がれば、星達は激しく明滅し、天宮の脇を流れる星の川も眩しく揺れる。玉座の前に天帝妃は膝をつき、長い衣が床の上に広がった。
「我が君、ご政務でお忙しい、ほんの数刻、星の川のほとりにて、我が子達と戯れておりました」
「妃よ、呼んでくれたなら、我も出向こうぞ」
 天帝は床に降り立ち、膝をつく妃の手を取った。再び、星達は明滅し、天宮は光の洪水に埋まる。
「なりませぬ、我が君。天を司るは天帝御一人だけにございますゆえ、我が君がおらねば、星も月も太陽も道を惑います」
 天妃は天帝の手に引かれ、玉座の横に置かれた椅子へと導かれた。
「ご政務はあといかほどで終わりに」
 畏まった宰相が天妃に答える。
「ほんの一刻でございます」
「まあ、出直しましょうか、我が君」
「なに、我が妃が隣におれば、すぐにすむ」
「では、我が君が励まれておられる間、三つ子の星達に挨拶いたしましょう。今宵は星の川の祝いなれば、三つ子ほど目出度き印もないであろう」
 天妃の衣が波打つようにと女官達が丁寧に広げる。座った妃の手を天帝が取り、沙汰を待つ臣下達が二人の周囲を取り囲む。天を巡る星達も普段の落ち着きを取り戻し、思い出したように瞬くだけとなった。
 天に流れる星の川は一年に一回だけ、空一杯へと広がる。いつもなら、決められた道筋を通る星達が自由に空を駆け巡り、普段は川で遮られて出会えない天空人達は誰でも行き来が可能となる。晴れの衣を纏い、天の宙に遍く広がる星達の瞬きを背後に、親子が、兄弟が、親友が、そして恋人達が一晩中、語らい、笑い、楽しむ。天宮も例外ではない。一時も玉座を離れない天帝もこの晩だけは、愛しい天妃と共に竜にのり空を駆け巡る。
 流れ星が空一杯に広がる様は美しい。天空が祝い夕べは地上でも特別な日となり、天への願いを捧げる祭りとなった。気まぐれな天帝が、心優しい天妃がゆったりと空を駆け巡り、願いを叶えるために流れ星は地上への使いとして、優美な光の筋を引きながら落ちていく。
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