迷走

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躊躇

 遠く先を歩く青い髪が目に入る。自分は彼に追いすがっていいのだろうか。確かに彼は答えてくれた。だけど、それだけでは素直に喜べない自分がいる。
 追いつきたい。追いかけられない。
 呼びたい。声を出せない。
 自分の心が分からない。目を瞑り、壁によりかかる。


 ふと、呼ばれたような気がして振り返る。ほの暗い廊下の果てにクラトスがいつものように腕を組んで瞑想しているのが見える。幼い頃は良かった。何を考えているのか、簡単に分かった。今は分からない。たまに目が合うと、きれいな琥珀色の瞳の奥に強い渇望を感じられるのに、確かめようとすると、ついと目を逸らされる。確かに、自分は彼の想いに答えたはずなのに、それは誤っていたのだろうか。


 ユアンはやさしく口付けを与えてくれる。甘く、切なく、彼の気持ちを感じる。だから、いつも自分の想いを全て込めて、口付けを返す。たまに、彼が何事かに熱中しているときに、その青いきれいな髪を一筋掬い取って、静かに口付けを落とす。彼の香が胸に痛い。彼は気づいてくれているだろうか。


 クラトスに口付けを送るのは気持ちがよい。幼い頃よりずっと見てきた、少し自分より体温の高いその唇に触れ、少しだけ荒れたその感触を味わう。やがて、クラトスからも熱い吐息とともに、返される。彼の想いがその吐息と身体にまとわりつく力強い腕に込められている。少しだけ、息苦しい。クラトスがただ捧げてくれるその想いに見合うだけの自分がいないような気がする。躊躇っている自分を見つける。


 冷たい大地へと降りる。
 すでに失われてしまった大義と誤った理想の骸である白い天使たちの王宮は息苦しい。仰々しい玉座も、見捨てられたエルフ達の廃墟も、新しく無秩序に増えるディザイアンの装置も、全てが彼を受けて入れていない。
 一人の寂しさに逃げるように外にでると、月が晧々と大地を照らしている。荒涼とした山の頂きに己の影が冴え冴えと映しだされる。この澄み切った夜空の下では何者もその存在を違えることはできない。我々も同じだ。
 クラトスは大地の上に身を投げ、星を仰ぐ。


 クラトスの部屋を訪れるともぬけの殻であった。
 しかし、先ほどまでいたのだろうか、わずかに温かさのある部屋に残る彼の香。あの王国に在ったとき、彼に請われて調合した柑橘の香。今でも使っていることがわずかに嬉しく、少し悲しい。この香りがなぜよいのかと問うたら、「血のにおいが一番気にならない」とだけ答えた。
 あのときから、今に到るまで、本来なら争いを好まない彼が常に先頭にたって血路を切り開かねばならない不合理を思う。彼の部屋を出ようと振り返り、壁に立てかけたままの大剣、机の上に開かれた読み止しの戦術論の本、やや斜めに置かれた香炉が目に入り、そのわずかに乱雑な雰囲気が、温かい人の営みを感じさせ、昔を思い出す。


 クラトスを求め、大地へと降りる。分かたれたままの大地は凍てつくような寒さである。マナの輝きをたどり、歩いて、彼の居場所を求める。どこまでも濃紺の夜空に冬の月がくっきりと浮かび上がる。彼の歩みにあわせ、凍りついた大地がサクサクと乾いた音を立てる。己の影が歩みと共に従ってくる。それは、以前の王宮の森で、夜、密かに二人がそぞろ歩いたときの影とよく似ていた。


「クラトス」
 大地に横たわったままの彼にユアンが声をかける。返事はしない。そっと、彼の横に覆い被さるようにユアンがかがみこむのが感じられる。彼の愛して止まない長い髪がひんやりと彼の顔の上に零れ落ち、そのまま横に流れて、地にさわるかすかな音。彼の口元を甘く、温かい息がかすめ、耳元で囁かれる。
「クラトス。お前の部屋に行った」
 返事はない。
「探していた」
 わずか、クラトスが身じろぎするが、まだ答えない。
「お前が欲しい」
 クラトスがまたわずかに首を振った。だが、答えはない。
「言わずにいたことに気づいた。お前を愛している。だから、お前が欲しい。それを言おうと、部屋をたずねたが、いなかった」
「遅い」
 クラトスが目を瞑ったまま答える。
「すまなかった。私は怖かったのだ。手に入れたものを失いたくなかった。壊したくなかった。形にすると消えてしまうのではないかと、恐ろしかった」
「いや、私も悪い。お前の気持ちを貰えただけでも十分なのに、いつももっと強欲に願ってしまう」
 クラトスが目をゆっくりと見開き、互いに見つめあう。ユアンの手がゆっくりとクラトスの肩を滑りおり、脇から腰へと下がり、彼の身体がクラトスの胸に預けられる。ユアンの首にクラトスは腕を回し、自ら了承の口付けを与える。
「こんなに冷えて。私の部屋に来い。暖めてやる」
「暖めるだけか」
 クラトスの問いにユアンからさらに深い口付けだけが返される。

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