春のお話(王国)

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園遊会(その一): 開宴

 春ののどかな日差しが惜しげもなく注がれたその日、王宮の庭には着飾った人で溢れていた。王の誕生祝いを兼ねて王弟主催による園遊会が催されている。
 主だった貴族が招かれたその会は、王国の豊かさと王の権勢を示し、華やかにして豪勢なものであった。近隣諸国からも、元首や重臣などが訪れ、王宮はいつにない活気に満ちている。
 主庭には色とりどりの花飾りやら流しで飾られ、合間に王国旗と主催者である王弟の紋章旗がはためいている。日差しに照り映える艶やかな緑の中、ところどころにある桜の木がこの日を祝うかのように見事に花をつけていた。
 庭の中央に設けられた噴水とそこから溢れる水は人口の水路を南へと流れ落ち、広大な人口池へそそぐ。池には、これまた、美しく飾られた小舟が浮かべられ、彩りをそえていた。


 ユアンは賑やかな主庭の騒ぎに辟易としていたが、王や王弟が立ち並ぶ横に重臣達と共に立っている。王から命ぜられたとおりに、続々と来る各国の要人たちに挨拶を繰り返していた。
 いつもなら、このような公式の場には彼を伴わないのに、昨晩、必ず出席するようにと、今日にいかにも相応な服とともに伝言が伝えられた。おそらく、珍しい置物でも自慢するように、みせびらかしたいのだろう。今朝、驚くほど高価に見える与えられた正装を身につけ、鏡に映る自分の姿が目に入った瞬間、そんなことが頭に浮かんだ。置物なら、そこらの台にでもおいてくれればいいのだ。そうすれば、誰とも口を聞かずにすむ。
 だが、そんな彼の思いには誰も気づかず、周りの貴族達も要人たちも王から数歩下がったところにいる彼に声をかける。その度に丁寧に膝を折り、機械的に笑みを浮かべ、適当と思える答えを返す。たまに、異なった国の言葉に合わせて答えれば、要人達も喜んで、王に彼のことを褒める。王の自慢そうな顔に、置物としての役割は果たせたのだろうか、密かにほっとする自分がいる。
 舞い散る桜の花びらが彼の肩に落ちれば、麗しい貴婦人がそっと花びらを取ってくれる。差し出された細い指先にどう反応してよいのかわからず、目を泳がせれば、隣にいた隣国の大使がその手に口付けをおくる。戸惑っている彼の初心な所作を二人が労わるような眼差しでみれば、己の不作法に対する王の反応を思って凍りついたようになる。
 ここでは、彼こそが異邦人なのだ。異国から来たはずの彼らの方が、彼よりもよほどこの場に馴染んでいるように見えた。


 昼を過ぎ、儀礼に満ちた長々とした挨拶も終われば、王宮に設えらられた午餐の卓へと移動する。王から許しを得られず、王族と共に付き従う彼に王が問う。
「どうだ。各国の客の顔は覚えたか」
「先日、お伺いした方はわかりました」
「それは頼もしい。夜会でも、しっかりと話しておけ。いずれ、役に立つ」
 王の言っていることの意味はわからない。だが、言われたことはそのとおりにしなくてはならないから、言いつけを了承したことを示すために頭をさげる。
「では、ここはもうよい。クラトスと一緒に下がれ」
 王弟と奥様が王のその声に頭を下げ、彼も膝を折れば、すぐにクラトスが横から彼の手を引いた。王は振り返りもせず、王弟と奥様、宰相夫妻とともにバルコニーを王宮へと入っていった。


「ユアン、退屈で死にそうだったね」
 正装に肩章と身を固めたクラトスがうんざりしたような 声を出す。今日は奥様が散々注意したのだろう。いつもはどこか 乱れている髪まできちんと撫で付けられている。
 クラトスは王族なのだから、場違いな思いをしているわけでは ないだろうが、彼の気性を思えば確かにあきあきしているのは間違いない。
「お許しをいただたから、夜会までは時間もあるし、庭を探検しよう。陛下や 父上たちと一緒だと食事がおいしくない」
 クラトスは彼がちらと王の方に目で追っていることに気づかないのか、 彼の手をさらに強く引くと、水路に沿って歩き出した。
 このような 公式な場で、クラトスが自由気ままに動くことは許されるだろう。 だが、彼は置物だからそんなに動き回っては、後が怖い。王の目の 届くところにいたい。 そんな彼の気持ちにはおかまいなく、クラトスは、どんどんと先へ 進む。
 水路が十字に交わり、東奥に人造池が見える場所まで来ると、 ようやくクラトスは立ち止まった。
「あそこの東屋で飲み物が振舞われているから、もらいにいこう」
 どうやら、最初から当てをつけていたらしいクラトスは侍従たちが 立ち並んでいる方と走る。
「クラトス様、これ以上、王宮から離れない方がいいです。 夜会とは言えども、今日は早く始まりますから……」
「ユアンは心配性だな」
「陛下にも主席官にも時間前に行くようにときつく申し付けられて おります」
「わかったよ」
 彼の言葉を聞いているのか、振り返りもせず、クラトスは見慣れた 侍従に手を振りながら近寄っていく。あちらも慣れた様子で二人分の 冷たい飲み物と軽食を盆に乗せてくれる。
 二人は水路ぞいのベンチに座り、飾り付けられた舟の船頭やその上にいる 知り合いの貴婦人達へ手をふりながら、食事を楽しむ。
「今日の夜会はもちろん出るさ。母上のエスコートを陛下がすることに なっている。父上は隣国の皇女様が来ているので、そのエスコートさ。 陛下がすればいいのに、父上の話ではそれはまずいらしい」
 クラトスは小耳に挟んだ噂話をそのまま彼に伝える。そういえば、 王妃が長く臥せっていることはすでに周知の事実となるため、幾つかの 国から妙齢の姫たちが訪れるという話は彼も耳にしていた。
 いっそ、麗しい姫が陛下の心を捉えてくれさえすれば、と さきほどの列席者を思い浮かべ、だが、王に見捨てられる自分に わずかな度惑いを覚える。
 ぼんやりとしているユアンの顔をクラトスがのぞきこむ。はらはらと 風に吹かれる淡い桃色の花びらがクラトスの明るい髪の後ろを舞い散る。 それは、昼の日差しに白い雪がふんわりと落ちるかのようだ。
「何を考えているの」
 クラトスの琥珀色の目がユアンの目線の先を追う。
「桜の花びらが吹かれているのを見ていました」
 まだ、心ここにあらずのように答えるユアンの顔を再度覗き込んだ クラトスは軽くため息をつき、ユアンの肩へと頭をあずけた。
「ユアンはいつも何を考えているのか、教えてくれないね」
「そんなことはございません。ただ、見ていただけですよ」
 ユアンの言葉にクラトスは黙って身を起こし、ユアンの髪に手を 伸ばした。
「ぼんやりしているから、花びらがたくさん付いている」
 クラトスの指先に白い花びらが一枚震えている。さきほどの貴婦人の仕草が ユアンの胸に浮かんだ。
「ありがとうございます」
 花びらを受け取る手でクラトスの手を引き、その指先にさきほどの大使がしていた ように軽く口付けを贈る。その瞬間、クラトスの指先はまるで熱いものに触れたか のようにすっと引っ込められた。
「ユアン、何をするのさ」
「お礼ですよ。クラトス様。さきほど、皇国の大使もなさっていました」
 昼の光に煌くユアンの青い目がいたずらそうに瞬き、クラトスは少し頬を 赤く染めて抗議した。
「僕は女の子じゃないからな」
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