七夕のお話(王国)

NEXT | INDEX

星に願いを

 夕暮れの風がさわさわと川面を通り、さきほどまでほてっていた体を通り抜けていく。ことの外、今年の夏は暑さが厳しい。ユアンはクラトスに誘われて、王都の北にある川まで遊びに来ていた。
 二人は強し日差しの中、散々川遊びをした後、岸の草原で一休みしている。汗が引き、夏の宵の涼しさにユアンは気持ち良さそうに目を瞑った。
「ユアン」
 彼の横に座っている少年がそんな彼をじっと見つめながら、声をかける。まだ、少し濡れている髪が額に張り付いて、いっそう、クラトスを幼く見せる。その顔を見れば胸がざわつくから、ユアンは目を閉じている。
「クラトス様、何」
 相変わらず、目をつぶって、風の囁き声に耳をかたむける。今宵もまた、こぼれるほどの星が見られるだろう。ちょうど、新月だ。銀砂のような星の帯は昨日より美しいかもしれない。
「今日が何の日か知っているかい」
「いえ、今日は何か特別な日でしょうか? 」
「この前、南の国から来ている大使の息子に聞いた。あちらでは、今日は願い事をする日になっているらしいよ」
「ああ、そういえば、そんな話をされていましたね。『七夕』というとおしゃっていました。何を願えばいいのか、おしゃっていましたか」
「星に技芸の上達を祈るんだってさ。なんでも、好きあっていたお姫様と皇子様がいたんだけど、王様に怒られて、星の川の両側に離されてしまったんだ。あまりにお姫様と皇子様が嘆くので、今日だけ、流れの上に橋ができて、二人は会うことができるらしい。その日に、何でも上達できますようにってお願いすると、お姫様がかなえてくれるらしいよ」
「随分と親切なお姫様ですね。クラトス様は何かをお願いされますか」
「どうしよう。やっぱり、剣が上手になれるようにかな。ユアンはどうする」
「私は、……」
 ユアンが目を開き、クラトスの方を向いた。望みは昔からある。今もある。しかし、どんなに祈っても叶ったことなぞ、あっただろうか。願っても、叶わないことばかりだ。
「私は特に願うことはありません」
 ユアンが生真面目に答えると、クラトスはその答えに首を振った。
「ユアンは何でもできるからね。確かにお願いごとはいらないかもね」
「そういうことでは……」
 ユアンは言葉に詰まる。望みはある。ずっと、心にしまっている。だが、叶わないことも気づいている。何も上達しなくていいから、何一つできなくてもいいから、いつでもクラトスの側にいたい。それは、いつ、どこで、誰に願えばいいのだろう。
「ねえ、ユアン。他にないなら、ただのお願いごとはあるの」
「それは、……。ありますけど、願い事ですからね。人には言ってはだめなんですよ」
「けち」
 クラトスは不満そうに唇をとがらせて一言つぶやき、彼の横に寝転がった。
「では、クラトスのお願いごとは何ですか。おっしゃることができますか」
「あるよ。でも、……」
「ほら、言えないでしょう」
「ユアン、怒らないかい」
 クラトスはまっすぐと上を見つめたまま、小さな声で聞いた。
「何をですか」
「僕がこれから言うこと」
「怒りませんよ。クラトス様の言うことなら」
 ユアンはちらりと生真面目な表情をしている少年を見やる。あなたの言うことなら、何一つ、怒ることなぞありません。
「……。ねえ、ユアン。この前、他の人から聞いた。ハーフエルフは僕達よりずっと長生きなんだよね。何倍も生きると聞いた。お前もそうだよね」
 いつもは忘れていることを突然クラトスが言い出す。
「ええ、……。そうですね。何事もなければ、その通りです」
「忘れないで。僕は先にいなくなっちゃうと思うけど、
ユアンには僕のことをずっと覚えていて欲しい」
 クラトスはさらに小さな声でそういうと、ユアンとは反対側にくるりと体をむけた。
「クラトス様」
「今のは聞かなかったことにして。気にしなくていいんだ」
 少年はさきほどとは違う硬い大きな声で叫んだ。ひんやりした風が二人の間を吹きぬけ、草ずれの音だけがかすかに聞こえる。夏の日も西へと落ち、急に辺りが暗くなってきた。
 黙りこくったまま、身動きしない少年の側にユアンは体を寄せた。
「クラトス様、では、私のお願いごとを聞いていただけますか」
「……」
「私のことも忘れないでください。この先、たとえ一緒にいられなくても私のことも」
「……。ずっと一緒だよ。必ず一緒にいる」
 くるりと振り向いた少年は、濃い琥珀色の目で彼を強く射抜き、叫んだ。
「お前とはずっと共にいると誓った。だから、それは願いではないよ」
「……」
「それに、ユアン、お前の願いは叶う。だって、僕はどんなことがあっても忘れない」
 見上げる空に、うっすらと雲のように星の川が浮かび上がり、見上げる二人の無言の願いを静かに受け止めた。


NEXT | INDEX
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送