番外編(旅路)

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祭り

 ようようの思いでたどり着いた海につきだした町は、さすがに噂に聞くだけあり、かなりの賑やかさだ。狭い海峡をつなぐ入り口の橋の手前で、今日の宿を求める。宿も人が多く賑やかだ。
「今日はずいぶんと人が出ているようだが、何かあるのかな」
 宿の女主人に尋ねると、彼女はさもおかしいことを聞くといわんばかりに笑った。
「お客さん、ご存知なくてここに来たのかい。運のいい人たちだね。今宵は年に一回のこの町のお祭りさ。ほら、うちの対岸に見える中の島にある神殿の聖人の日なんだよ。こっちから向こうは全部市が立ってるからね。すぐに分かるよ。後で通りを祭りの行列が通るからさ、見物するといいよ」
「それは、気づかなかった。教えてくれてありがとう。早速出向いて見よう」
「剣士さん、人出が多いから、あちらのお嬢さんとお子さんからは目を離さないようにした方がいいよ。今どきは、前と違って胡乱な輩も多くてね。残念なことだよ」
「ご忠告、感謝する」
 女将は親切に注意までしてくれる。そのあちらのお嬢さんとお子さんは、ああ見えて結構しっかりものなのだ。特にお子さんに至っては、自分より強い。
 心配なのは、今姿を見せていないあの頭でっかちのくせに間抜けた男だ。こんなに時間がかかっているということは、また、どこかで騙されているのではないだろうか。どうして、国家同士の争いやら、有力貴族の仲裁やら、危険な武器商人を動かすためには、顔色も変えずに謀略を思いつく者が、そこらの市の子供に丸め込まれてしまうのだろう。


 宿の中庭で、女将が振舞ってくれた熱い茶をマーテル達と飲んでいると、少々顔を赤くしたユアンがノイシュに引っ張られながらやってくる。
「ユアン、遅いよ。何をしていたの。せっかくのお茶が冷めるじゃないか」
 ミトスが気安く文句を言う。ミトスは、ひどくユアンを頼りにしている割にはその扱いはぞんざいだ。そのうち、兄になるのは間違いないのだから、もう少しまともに扱ってやれ。もっとも、ユアンはちっとも気にしていない。あいつは、マーテルから慰められれば、それでいいのだ。
「すまない。ミトス。ちょっと道を一つ間違えてな、あちらの奥へ迷い込んでしまったのだ」
 妙に動揺した顔でユアンが謝る。マーテルがいつも通り自らの横を空け、ユアンへ茶を入れる。
「それは大変だったわね。ユアン。さあ、座って頂戴な」
 おっとりと話すマーテルの横にノイシュが座り、盛んに甘えている。これは何かあったに違いない。ミトスがうさんくさそうにユアンを見る。
「ユアン、お酒くさいけど」
「いや、その道の先にちょっときれいなご婦人方ばかりの店があって、急いでいるというのに、客が来ないからと無理やりとめおかれて」
 ユアン、馬鹿正直に話すな。
「無理やり、どうしたの。ユアン」
 もう、ミトスが剣を手に立ち上がりそうだ。マーテルはマーテルで、
「きれいなご婦人方って、どなたなの。ユアン」
とのんびりと、だが、聞くものによっては有無を言わせない調子で尋ねている。ミトス、買ったばかりのシルバーソードでユアンの喉元をつつくな。剣を汚してはもったいない。じゃなくて、ユアンも一応仲間なのだからな。
「この赤い色は何」
「ミトス、危ないぞ。そんなもので指し示さなくても、わかるではないか」
 鈍い男は酒で気分がよくなっているのか、いつものことだからか、さして気にするでもなく、剣の先を軽く押しやりつつ、首を傾げる。一度、切られたほういいのかもしれない。
「赤。そんなものはつけていないぞ」
「紅にみたいね」
 マーテル、ミトスの手が震えているのに、そんな声で言ったら、手がすべってユアンの首と胴体が離れかねないぞ。これは、面倒だが立ち上がってユアンをつまみだすべきかと思ったところに人がきた。
「ああ、いたいた。あなた」
 目にも艶やかなご婦人方だ。あっという間に取り囲まれる。
「さきほどは助かりました。お礼と言ってはなんですが、今宵の祭りの出し物をご一緒にいかがですか」
「いや、私が道に迷った上に酒まで振舞っていただいて、これ以上のお申し出は」
 さすがに、ユアンもこの事態に遅まきながら気づいたのか、慌てて立ち上がり、さらに状況を悪化させている。ああ、馬鹿なやつめ。すかさず、側の婦人に腕を絡められている。
「あの、私達の連れが何をしたのでしょうか」
 マーテルが決然とたずねる。お嬢さんはこういうときは驚くほどしっかりしている。
「あら、こちらの素敵な方たちがあなたのお連れなの」
「失礼いたしました。さきほどはこちらの方にうちの店にちょっかいをかける厄介者を片付けていただきまして、ほんの御礼を申し上ようとしていたのですが、お連れの方がいらっしゃるということで、すぐ席をたたれましたの。お世話になった方に御礼を申し上げなくては、うちの店の名がすたれますからお探ししておりましたの」
 相手はさすがに客商売だけあって、それはにこやかに答える。
「是非、こちらの美しいお連れの方もご一緒にいらしてくださいな。そちらのかわいらしい剣士さんにこちらの方も是非」
 勢いに負けたのか、女性陣に囲まれたユアンを姉のためにとりあえず取り戻す気になったのか、ミトスがにっこりとうなずいて、申し出を受けたため、ひとまず、騒ぎは収まる。


「ユアン、そんなに感謝されるようなことをしたの」
 ミトスに問い詰められて、ユアンがいささか酒で調子よくなった口調のまま答える。
「それが、道を間違えて、慌てていたせいか、さきほどのご婦人方の店の前で数人の男達とすれ違って瞬間に、相手を転ばしてしまってな。すぐさま謝ろうとしたのだが、あちらがどうしても許してくれなくて」
「まあ、ユアン、それは大変だったわね」
 どうせ、掏りだか、たかりだかにやられそうだったに決まっている。マーテル、そんなことで同情するな。
「いきなり、私に向って殴りかかってくるものだから、避けたらだな。さきほどのご婦人方の店に突っ込もうとするので、それを止めようとして、なんというか、いくら謝っても、あちらが手を引いてくれないものだから、しょうがなく、少々静かにしていただいたのだ」
 少々静かなどと適当なことを言うな。確かにお前といえでも、あなどってはいけないからな。こんなに見えて、こいつも腕だけは確かだから、姿形とその雰囲気でカモだと思ったものには同情する。当面、静かにしていねばならないだろう。だが、どうもまずい状況ではないのか。
「それで、御礼とおしゃっていたのね」
 マーテル、納得している場合ではないだろう。話を聞いていると、どう考えても、こいつがあのご婦人方がいた店に嫌がらせをたくらんでいたならず者達にひっかかって、しかも、その目的を邪魔したとしか聞こえない。
 来てそうそう、まずいではないか。祭りを彼女達と楽しむなど、危険極まりない。大体、あのご婦人方の店の素性はなんなのだ。
「お前でもたまには人迷惑が人助けになるんだね」
 ミトスまではずれた感心をしている。
 どうして、この三人はいつも彼の常識とははずれた世界にいるのだろう。こんなだから、気苦労でますます眉間にしわがより、無愛想とか言われるようになるのだ。私のこの性格は全部お前達のせいだ。


 クラトスの心配をよそに、ハーフエルフ達はよい場所で祭りを楽しめることにうきうきしている。
 夕刻、その店に出向けば、案の状、表は酒を振舞う店だが、全体の雰囲気はその手のあいまい宿を兼ねていることがわかる。だが、確かに流行っているらしく、酒の相手をするご婦人方もみな美しく、気がきく感じだ。
 祭りが眺められるようにと、2階のテラス席に案内され、通りで繰り広げられる祭りの山車や踊りを見物することになる。女将が案内するときに顔を見せ、ユアンに向かって大袈裟に感謝を表す。横のマーテルにも、助けられたお礼を述べる。
「こちらの方にはお世話になりまして、つい、さきほどはお引止めしました。こんなお美しい方をお待たせしていると存じ上げていれば、お迎えにあがりましたのに。お強いだけではなく、素敵なお連れもいるなんて、本当に隅にはおけませんわね」
 マーテルは婚約者を褒められて満更でもなさそうに頬を染めている。気づけば、ミトスの横にもかわいらしい少女が座って、茶など勧めながら、彼の姉を褒め称えている。この接客はさすがだ。彼の横では女将が慣れた手付きで酒を用意し、クラトスにも勧めてくれる。


 祭りが始まったらしい。遠くで音楽が聞こえ、たまに風に歓声が乗ってくる。後は順番に山車などが通るのを、なかなかにおいしい料理と酒を楽しみながら眺める。
 さきほどの事が気にはなるが、ハーフエルフ達はもうはしゃいですっかりお祭り気分を楽しんでいる。ユアンはマーテルにすすめられてあっというまに杯を空け、二人はそれは楽しげにテラスの手摺から身を乗り出すように祭りを見物する。ミトスは、その様子をちらと横目で眺めながら、隣の少女と料理を楽しんでいる。
 あらかた、祭りも終わったかと思ったころ、気配を感じ、そちらを見ると、あまり人相の良からぬ男がこちらのテーブルに向かってやってくる。確か、近くの席にはいなかったはずだ。その男は酔ったふりをしながら、テラス席から身を乗り出して外を見ているユアンとマーテルの方へ向かっていく。
 止めねばならないと思った瞬間、男のこぶしは空振りする。酒に酔った勢いで、ミトスがいるのも忘れて、ユアンがマーテルの方へ思い切り顔を寄せたからだ。男はそのままテラスの手摺を落ちそうになり、何も気づいていないユアンに抱えられている。
「まあ、大丈夫ですか」
 慌てて、一緒にその男を支えようとして、マーテルが卓にたてかけていた杖を倒す。横から飛び出してきた男がその杖に足を絡めて転んでいる。クラトスが三人目に気づき、その男を止めようとし、上げかけていた手を下げる。酔ったユアンを見張っていたミトスが、未来の義理の兄を制裁するために裂ぱくの気合で抜いた剣がその男の目の前にある。
 全ては一瞬の内に起きた。
 次の瞬間、マーテルがよろけたため、彼女を助けようとユアンは支えていた男から手を放し、一人目はテラスから落ちていった。二人目はよろけたマーテルの下敷きになり、三人目はミトスの剣の前に目を白黒させている。
「ユアン、何をやっているの。お前が姉さまにうつつを抜かすから、人が落ちたぞ」
 ミトスが全く違うことを叫んでユアンに向かって剣を振り回す。後にいた男はそそくさと逃げ出す。
「いや、すまないことをした。ミトス、怒るな」
 相変わらず、事態を理解していないユアンはそれでもマーテルの下にいた男に気づき、マーテルを抱えあげている。
「姉さまに気安く触るな」
 ミトスが的はずれなことを叫んでいる。哀れな男はミトスの勢いにマーテルを離したユアンのせいで、再度マーテルの下敷きになっている。
「だが、ミトス。下に人がいる」
 もう一度、マーテルを大事そうにユアンが支え、そのユアンに向けてミトスがまたしても剣を出そうとするものだから、起き上がった男の目の前をシルバーソードがもの凄い勢いで突き出された。
「すみません。お怪我はありませんか」
 これまた、マーテルが的外れに謝ろうとする間に、その男は冷や汗を流して首を振り、そのまま逃げ出した。
「お待ちになって。私が回復の術を」
 マーテルの声もむなしく、男はすごい勢いで出て行った。


 彼を追いかけ、他の三人と共々下に降りると、今の不届き者の親玉らしい男がまさに店に入ろうとしている。
「おい、俺の仲間が二階から降ってきたが、どういうわけだ」
 しかし、彼も手下が三人ともやられていることに気づいて、自信なさげだ。
「私が説明しようか」
 その男に向かってゆっくりと歩いていくと、男は周りの雰囲気から勝ち目がないと悟ったのか、ちっと舌打ちをするとそのまま出て行った。
「まあまあ、剣士様、おかげさまで助かりましたわ。お好きな娘をお選びになって下さいな」
 何を勘違いしたのか、女将が彼に勧める。
 いや、大半の問題は、そこの何が起きたを理解していない、三人の世間から浮き上がったものたちが片付けたのだ。私は最後に追い出しただけだ。とりあえず、女将の勘違いを解こうとするが、後でユアンとミトスがうなずいている。
「さすがだ、クラトス。顔を見せるだけで追い払うなぞ、たいしたものだな」
「お前じゃできないね。ユアン」
 馬鹿なことに感心している場合ではないだろう。大体、私の顔がこうも険しくなるのは、全てお前達のせいなのだぞ。
 何も気づいていない彼らの反応に腹を据えかねたせいか、さすがに振舞われた酒に少しだけ酔ったのか、彼らの方へ一歩踏み出そうとして床ですべりそうになる。慌てて近くのテーブルに手を出そうとし、その前にいる女性に気づかなかった。部屋の真ん中で一番美しいご婦人の膝の上に乗ったクラトスを皆が見ている。
「クラトス、早く言え。言う前にいきなりでは、ご婦人方も驚くではないか」
 ユアンがそれを見て、詰る。
「クラトス、それは失礼だよ」
 ミトスが口を尖らせる。マーテルは見て見ぬ振りをしている。
「いや、誤解だ。私は床で滑っただけだ」
 立ち上がろうとするが、しっかり、かの婦人に抱きとめられている。


「ごまかすな。そんなに淋しかったのか。よかったな。クラトス。存分に楽しんでこい」
 ユアンがにっこりと笑いながら、彼に勧める。ミトスは釈然としない顔をしながらも、一緒にうなずく。
「たまには、お前もゆったりしてこなくてはね。僕はよくわからなけど、大人の楽しみを邪魔するようなことはしないよ」
 お前達、何を言っているのだ。大体、淋しかったとはどういうことだ。私だって、お前達から同情されるほど、もてないわけではないのだ。私をここに一人にしないでくれ。
 そういう間も、かのご婦人はクラトスの腰に、腕に手を回し、あまつさえ、口付けも与えている。ユアンは少しだけうらやましそうな目線をこちらに送り、若干険しい目でそのユアンを眺めているお嬢様とわからない振りをしつつもよくわかっているお子様を連れて、女将に私のことを頼みながら店を出て行こうとしている。
 おい、私を置いていくな。
 お前達、何を勘違いしているのだ。
 戻って、私を助けろ。



「クラトス、良かったな」
「何がだ」
「怒っているの。クラトス」
「いや、普段とおりだが」
「絶対に怒っているわ」
「怒ってなどいない!  」
 三人のハーフエルフ達は首筋やこめかみに薄紅色をつけて戻ってきた剣士が湯気を立てている様を遠巻きに胡乱げに眺めている。

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