番外編(旅路)

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賄い

 急速に日が落ちるのが早くなってきた。峠を越えるとすぐに賑やかな町が見えてきた。祭りでも近いのだろうか。大勢いの人で賑わっている。
 町外れで、峠越えの無理からか少々気分を悪くしているマーテル達を残し、彼は宿を探す。端からあたっていくが、どの宿もすでに一杯だ。どうにか、賄いは出せないが泊まりだけならと、町の奥に位置した古ぼけた旅籠で一部屋取れた。マーテルを休ませてやりたいと切に願っていたので、彼は大喜びで仲間を迎えにいく。


 部屋に入れば、窓際の明るい位置の寝台にすぐマーテルを休ませる。ノイシュはマーテルの手に鼻を擦り付け、見張りを頼まれたかのように、彼女の寝台の下に寝そべった。
「この宿は見てのとおり、人手が少ないらしくて、夕食の支度まではできないと言われているのだ」
と、各自がそのわずかな荷物を整理すると、彼が切り出した。
「ユアン、今日はお前の番だ」
 クラトスが淡々と言う。クラトスはこういうことにはえらく几帳面だ。軍に長くいすぎたのではないだろうか。きちんと順番のみを尊ぶ。確かに私の作ったものに文句をつけたり、残したりしたこともないので、嫌だとは言えない。軍というところはすごい場所だ。
「ええ、ユアンに作らせるの」
 ミトスが嫌そうに叫ぶ。確かにマーテルの作る食事に並ぶべくもないが、その言い方はないだろう。
「私が作るわ」
 マーテルが無理に起きだそうとする。それを押しとどめる。
「いや、マーテル。休んでいなくてはだめだ。その代わりと言ってはなんだが、お前の料理の作り方を書いてもらえないだろうか」
「それはよい考えだ。ユアン。どうして、今までそれを思いつかなかった」
 クラトスが真剣に誉める。軍上がりのお前でもやはりまずいとは思っていたのか。しかし、そこまで嬉しそうな顔をしなくても良いだろう。
「姉さま、一番簡単なものにしてよ」
 ミトスはまだ疑い深そうにこちらを見る。そういうなら、お前が作ればよいではないか。そう、喉まででかけたが、ノイシュまでがミトスに賛同するように、鼻を鳴らすのを聞いて、あきらめる。


 クラトスは修理する剣を抱えて、ミトスと一緒に外に出ていった。ミトスは祭りの前ということもあり、町の中をそぞろ歩くつもりらしい。
「遅くなるなよ」
と声をかけると、例の無邪気な笑顔を浮かべながら、
「ユアンの作ってくれたものを食べるために、お腹を減らしておかなくちゃ。」
と手を振っていった。
 クラトスも神妙に頷いていたが、どうつもりなのだ。もちろん、楽しみにしているといい方に解釈する。マーテルが丁寧に書いてくれた紙と食材を持って、中庭に出る。どうやら、この旅籠も人で溢れていて、後から来たものは外で炊事をしろとのことだ。


 火を起こすのは慣れたもので、まずは、湯を沸かす準備をしていると、やはり、祭りのために訪れたのであろう旅芸人の一座らしき一団が入ってきた。秋には早いこの季節のせいか、薄手のものしか身につけていない脂粉漂う妖艶な数人の踊り子たちと力技を見せるのか体格のよい青年達、そして、一団を纏めているとおぼしき壮年の男がいる。
「まあ、こんにちわ」
 踊り子の一人がこちらに声をかける。無視するわけにもいかないから、適当に挨拶を返す。ゆっくり話をしている暇はない。これから、マーテルの書いてくれたものに従って料理をしなくてはならないのだ。マーテルが無理して書いてくれたからには、今日こそ、皆が喜ぶものを作らなくてはならない。


 しかめ面をしている彼の周りを踊り子達が取り囲む。
「そこの素敵なお兄さん、何をそんなに真剣に考えているの」
「まあ、ちょっと御覧なさいよ。この辺りでは見られないようなきれいな人だよ」
「ねぇねぇ、そんな火ばかり睨んでいないで、こっちを見てよ。あたし達の方がなんぼか見る甲斐があるよ」
 踊り子の一人が彼の持っていた紙を取り上げる。
「ねぇ、惚れ薬でも作っているのかい。そんなに真剣に量を計ってさ」
「いや、夕食だ。惚れ薬など作ったことはない」
 回りの踊り子達が大笑いしている。そんなにおかしなことをしているだろうか。しかし、マーテルがせっかく書いてくれたのだから、きちんと指示を守らなくてはならないはずだ。
「どこの世界に、夕食作るのに、そんなきれいな顔でしかめ面して薬さじを持っている人がいるのさ」
「どれどれ、シチューかい。どきなよ。あたしが作ってやるからさ。あんたは、それこそ、惚れ薬でもあたし達に作っておくれよ。それができないんなら、ちょっと、あたし達の相手をしてくれればいいよ」
 口は悪そうだが、根っから親切そうな彼女達は、彼を火の前からどけると手際よく、ぱっぱと食材を放り込み、彼が止める間もなく、適当に塩、胡椒をふり、さっと蓋をした。
「さ、後は待つだけだからさ、お話でもゆっくりしようかね」
 踊り子達は皆、彼の隣に座りたがり、大騒ぎだ。王宮にいたころ、クラトスの回りで女官や貴族の娘達がひしめきあっていたのを思い出し、彼も結構大変だったのだなと感心する。


「おいおい、お前等、何をやってるん。」 壮年の男が近づいてくる。
「この方達は悪くないんです。私が至らないばかりに」
と立ち上がって挨拶をしようとすると、また、回りから嬌声があがる。
「団長さん、お上品な人なんだから、やっかまないでおくれよ。シチューの作り方も知らないから、あたし達が教えてあげていたのさ」
「お前等、他のことも教えてるんじゃねぇのか。うちのが、迷惑をかけてすいませんね」
と男は言いながら、立ち上がった彼をしげしげと眺め、口笛を吹く。
「こりゃまた、上玉だな。お前等が夢中になるのも無理はねぇな。どうだい、あんた、うちの一座に来ないか」
「折角のお申し出はありがたいが、私は他の者たちと旅をしている最中なので、お受けしかねる」
「そうかい。ま、気が変わったら、うちに来るといいさ。おい、お前等、喉が渇いたから、飲み物、こちらの兄さんのも併せて用意しろ」
「あたし達も飲んでいいかい」
と踊り子達は嬉しそうにぶどう酒を持ってくると、後は車座になって、皆でシチューができるまで、この辺りの噂話だの、祭りの話だので盛り上がる。ほんの少し、気持ちよくなり、気がつくと、男の手が腰に回っている。
「なあ、あんた、本当に惚れ惚れする顔立ちだな。どうだ。うちの奴等と気もあうようだし、しばらく、一緒に旅をしないか」
「いや、折角のお申し出だが、さきほども言ったように、連れがいるので」
「団長さん、駄目だよ。悪い癖だしちゃ。この人、困っているよ」
と年配の踊り子が割ってはいる。
「や、すまないねぇ。本当、このあたりじゃもったいないよ。お前さん」
 団長も別に悪気があるわけではなく、親しげに彼の肩をたたき、大笑いしている。やがて、シチューのいい香りがしてきたのに気づき、一行に別れを告げ、部屋へと戻る。


 シチューを手に部屋に戻ると、もう、ミトスもクラトスも戻ってきていた。喜んでくれ。今日は絶対に大丈夫だ。と胸を張って言おうとすると、妙に部屋の雰囲気が暗い。明りはすでにつけあるはずだし、外も日が落ちるのが早いとは言えども、まだ、影が長くなった程度だ。どうしたのだろう。
「ユアン、夕食作るのにずいぶん時間がかかったみたいだね」
 ミトスが刺々しく声をかけてくる。
「こいつが賄いに時間がかかるのは今に始まったことではないが、今日はいつになく遅いな」
 クラトスまでが何だか冷たい。
「なんだ。お前達、機嫌が悪くなるほど、空腹なのか。今日のシチューは特別だからおいしいぞ。何せ、マーテルのメモを見ていたら、下で親切な人たちに出会ってな。私を助けてくれたのだ」
「ユアン、親切な人に出会えてよかったわね」
 どうしたことか、マーテルの声がひどく元気がない。空腹で具合がいっそう悪くなったのだろうか。
 皆、そんなに私の料理を食べるのが待ちきれないのか。







 ミトスとは店先で別れ、武器屋で修理を依頼し、ひとしきり、そこの親父と剣の柄について話をする。日が落ちないうちにと、急ぎ、旅籠に戻ると、中庭から嬌声が聞こえる。覗くと、ユアンの奴が目を覆うような薄物しか羽織っていない女達の真中で、えらく押し出しがよく、見目よい男に腰を抱かれて座っている。あいつは一体何をしているのだ。夕食を作っていたのではないのか。マーテルというものがありながら、何をニコニコと呆けたような顔で座っている。しかも、男に気を許すとは何事だ。私の想いは受け取れなくとも、その男なら良いとでも言うのか。


 楽しそうに笑うユアンの顔を見るとあの中へ踏み込もうと一瞬だけ考えたが、それもどうかと怒りをこらえて部屋へと上がる。部屋では、寝台の上でマーテルが俯き、ミトスが窓から外を覗いていた。
「ユアンの奴、姉さまがちょっと具合が悪くて一緒にいられないともうああなのか」
 ミトス、その言い草はないだろうとちらとは思うが、さきほどの光景が頭を過ぎって、ミトスを宥める言葉が出てこない。
「ミトス、ユアンだって、たまには他の人とお話をしたいのよ」
 マーテル、ちっとも、お話ししていいと言っているように聞こえない。
 ノイシュがクラトスを見遣り、どうにかしろと言わんばかりにクー−ンと鳴く。ノイシュ、お前の心配もわかるが、たまにはユアンも思い知らないといけないのだ。今日という今日は、絶対にユアンを助けるものか。


 三人の大いなる勘違いによる大人気ない怒りがじわじわと膨れ上がっていくことに、シチューが煮えるのを暢気に待っている哀れな子羊は気づいていない。


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