番外編(収束)

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OVA仕様 髪留め 

「クラトスめ」
 レアバードに引き上げられたユアンははき捨てた。長い髪が風に靡き、彼の眼前を覆う。ユアンはレアバードの後部で片手で髪を押さえた。己の首の代わりに髪留めが真っ二つになった。その程度ですんで良かった。親子の茶番劇を見せられた代償が己の命では笑えない。それにしても、あそこで基地に異変が起きるとは計算外だった。
「なぜ、ご指示いただけなかったのです」
 レアバードを器用に操りながら、副官はユアンに尋ねた。
「クラトス様もユアン様に私が相手をすれば」
「なぜ……かな。クラトスを死なせたくなかったからかもしれん」
 ユアンは躊躇った末答えた。
「もとより、この大地の有り方を正すためにはクラトス様が必須かと存じますが。それに、これからは、ユグドラシル様の追及も一層厳しくなりましょう」
「ああ、デリス・カーラーンからは皆引き上げたな」
「はい、こちらへの痕跡は全て消しました。しかし、今後はあちらの動きを追うのが難しくなるかと」
「それでいい。もう気にする必要はない。必ず、あいつは出てくる」
「クラトス様が……」
「ああ、ロイドを追え。あいつは必ず息子の前に現われ」
 息子に乞われれば、今度はあっさりとオリジンの封印を解放するだろう。
 ユアンは確信した。
 すでにクラトスはユアンとの戦闘に本気では無かった。息子が去った後、ユアンを逃したのだって、息子とその幼馴染達のための単なる時間稼ぎだろう。ユグドラシルが息子と仲間達を追い詰めるだろうと恐れている。ユグドラシルの目が少しでもユアンに引き付けられればと考えたのだ。そうでなければ、ユアンが息子を傷つけた後の殺気が消えた理由が分からない。
 確かに、剣を交える前はロイドを殺してやろうかとも考えた。だが、それでは駄目だ。それではオリジンの封印が解けたとして、精霊の王もこちらの願いを受け入れまい。あの息子に言わせるのだ。それしかない。
 そして、やっかいなのはクラトスではない。いまだ、天空の玉座に篭っているクルシスの盟主だ。あいつが例の神子を奪還する前に、全ての結着をつけねばならない。そろそろ、手をこまねいていたユグドラシルも奥の院から出てくるに違いない。エターナルソードにオリジンの封印。数千年、切望しているそれらは、もう彼の目の前にある。
「もうすぐだ……ー…ル……」
 独り言に副官がいぶかしげに振り返った。ユアンは鋭く命じた。
「ロイドの周囲に気をつけろ」
「ただちに」
 進路を変えたレアバードが風に煽られ、ユアンの髪が空に広がった。


「ロイドに怪我をさせて、ただですむと思うな、ユアン」
 空の彼方へと消えていくレアバードにクラトスはつぶやいた。
 だが、とクラトスは壊滅寸前の基地の上に浮かび上がり、周囲の気配を探った。ロイドとその仲間達も、ユアンの配下の者達もすでに姿はない。ユアンの副官の気配を感じたが、襲ってくることもなかった。
 心配すべきはユアンではない。ユアンに出来るのは、まあこの程度だ。あの男は非情になりきれない。それが証拠にロイドに致命傷を与えることも、この自分を叩き切ろうともしなかった。その詰めの甘さがユアンらしく、クラトスの焦燥を煽った。以前だったら、真正面から「死ね」と言われれば、すぐさまその要求に答えただろう。しかし、ユアンは昔の仲間に決して言うことはない。そもそも、人に言われなければ「死」も選べない己自身の存在こそ問題の根源だった。それさえも、ユアンは指摘しなかった。
 そして、今となっては彼も安易にユアンの望むとおりには出来なかった。守るべきものは何であるべきか。ようやく答えは見つかったが、答えにたどり着く道筋は容易なものではない。命を差し出すことに躊躇いはないが、差し出す機会を間違えてはならない。いくつかの可能性を頭の中に並べ、クラトスは慎重に吟味した。
   これから、最も危険な相手に会う。何を土産とし、どこまで知らせるべきか。クラトスは手の中にある割れた髪留めを見つめた。使い古された髪留めは丁寧に手入れされ、年を経ても日の光に鈍く光っている。これを選んだ人も、買った店も、立ち会っていた仲間の笑顔も全てが過去の霧に包まれ、定かではなくなっていた。
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