クルシス 十二ヶ月 番外編

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新年の誓い

 吐きだす息は凍てついた空気の中で白い霧となり、煌く氷の結晶へと姿を変える。森の奥に住むけもの達も、凍った小枝も、その先にある散り際を忘れた枯れ葉さえも、動いているものはない。迎えた新しい日は、白く滑らかに続く雪原をうっすらと赤く染める。全ての生き物が消えてしまったかのように、黒ぐろとした林は物音ひとつしない。
 静寂を破ることが恐ろしく、彼は次の一歩に躊躇った。長い影が木々の合間に吸い込まれる。それは頼りなく揺れ、ぼんやりと歪んでいた。こうして、影はどんどんと薄れ、いつ終わるともしれぬ時の果てにはきれいに消えてしまうのだろう。星は宇宙をめぐり、暦は無慈悲に進んでいく。
 昨晩の吹雪は見事に彼とその仲間の気配を消してくれた。背後に広がる雪原は、そこを歩いた者などいなかったかのように静かだ。それは、彼を安堵させると共に、別の不安を呼びさました。悠久の星の暦の中、仲間が目指す大義への努力も、終わりの見えない争いのときも、「正義」の名の下に振りかざされる迫害の苦しみも、あらゆることは時の塵に覆われ、消えてしまうだろう。今、このときを耐えることに、どれほどの価値があるのだろう。
 再び新年を迎えられた事実を祝うことに何の意味がある。ただ、暦に従い、機械的に習慣として受け入れる。彼は拳を握り、昨晩の内に積った雪を見つめた。冷たく、なにもかも覆い尽くし、その下で何が起きたか教えることはない。

「おはよう」

 昇る日よりも眩しい声がかけられる。振り向いた先には、愛しいひとが微笑んでいた。ひび一つなかった氷が日差しにゆるみ、凍てついた林の奥で小鳥の声がかすかに聞こえた。
 優しい笑みを再び見ることが許された喜びは、何にも代え難い。この微笑みのために生きる。彼は雪原の先に上がる陽を仰ぎ、誓った。たとえ、すべてが暗闇となっても、愛しいお前のために諦めることはしない。誓いの言葉は金剛石の粉となって、空に舞い上がり、その年の最初の光に鮮やかに照らされた。
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