GIFT −与えられしもの−

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エピローグ

 何日、歩いていたかはもう思い出せなかった。
 ようやく人がまだ生きている場所へ出たのだろう。気づけば、人影のある小さな町が目に入った。それまでは、悪い夢を見続けているようだった。どこをどうやって歩いたのかも、生きている者がいたとして何を話したのかも、何一つ判然としない。
 星のうめき声が彼を捕え、何かをしなくてはならない、この死にゆく星をどうにかとどめなくてはならないという衝動だけが彼の体を前と押し進め、ここまでやってきた。
 町に一つしかない宿は、それこそ一人も旅人はおらず、ひんやりと薄暗く、人気がなかった。
 一人で暗い部屋に座り、精霊の王がその力を封じ込めた剣を抜く。与えられし剣を握り、その切っ先を意味もなく見つめた。剣は何も語ってくれない。だが、その光は彼に答えを求めている。
 マナが激しく乱れ、剣の周りを巡る。あんな恐ろしい世界はもう見たくない。失ったときは、もう一度呼び返せるはずだ。いや、彼女はそれは望まないだろう。
 いっそ、自らがここで解放されれば、何も悩むことはなくなる。喉下に研いだ切っ先をあてれば、ひんやりとした感触が彼を呼ぶのを感じた。
 カランと乾いた音がして、剣が目の前に落ちた。もうずっと遠くになってしまったあの晩秋の日と同じ感触がして、小さなひんやりとした手が彼のこわばった手から剣を解き放ってくれたかのように感じられた。
 分かっている。約束は守らなくてはならない。それまでは、この星にいなくてはならない。この剣を他の目的に使ってはならない。


 どれだけ時間がたったのだろうか。
 日も落ちたのか、部屋の中はほとんど何も見えなかった。扉を軽くたたく音がした。宿の者がこもったきりの彼を呼びにきたのだろう。
「悪いけど、ほっておいてくれないかな」
 気のない返事を返し、身をかがめると剣を再度手にとった。さきほどの苦しいまでの混乱や焦燥は消え、確かにしなくてはならないことが胸に浮かんだ。取り落とした剣を鞘へと収めた。
 そのとたん、また、扉がたたかれた。
「何かようかい」
 人には会いたくなかったが、しぶしぶと扉に近づく。
 思いもかけないことに、戸の背後から懐かしいマナの力を感じる。慌てて、扉を開けた。その向こうには心配そうにこちらをみると姉とユアンの姿があった。
「ミトス」
 姉が手を差し伸べる。動けず、呆然とその癒しの手を見つめる。ユアンが彼の青ざめた顔を見て、はっとしたように目を見開いた。
「どうしてここへ」
「あなたが呼んだから」
 マーテルがやつれたミトスの頬を撫でる。姉の目が湛える深く暖かい優しさが別の思い出を呼び起こし、彼は目を背けた。
「二週間前だろうか、ミトスが私たちを呼んでいるのが分かった。すぐに発ったのだが、例の疫病でこちらまで来るのに難儀した。行きがけの町もほぼ無人だった。ここはどうやら被害はそれほどでもなかったようだが、とにかく周り中ひどい有様だ。お前が必要とするときに間に合わなくて、すまなかった」
 答えることができず、首をかすかに横に振って立ちすくんでいると、姉の胸にすがりつくには成長した彼をユアンが黙って抱きしめてくれた。マーテルの優しい手がすっかり乱れた彼の髪を労わるように撫でた。
「二人とも、そんな、無理しなくてよかったのに」
「私達は家族ですもの。困ったときは呼んでいいのよ」
「そうだ。私も遅くなってすまない」
 ユアンの影から懐かしい低い声が聞こえた。
「クラトス」
 やはりこの星に何が起きたか、姉達と共に見てきたらしく、剣士も沈痛な面持ちをしていた。
「ミトス、すぐに駆けつけられなくて悪かった」
 低く落ち着いた声色は以前と変わらずミトスの心を宥め、ユアンの緩やかな鼓動が彼の混乱した気持ちを落ち着かせた。何が起きたか分かっているのか、優しい獣がミトスの力ない手に彼を慰めるかのように耳を摺り寄せ、マーテルがその手を握った。
「肝心なときに、ごめんなさいね」
 謝る姉の声にかぶさるように、かすかにアレトゥサの声がまた聞こえた。そうだ、素晴らしい家族だと君はもう知っていたね。だから、約束は守るよ。
 姉の手を握り返し、ユアンの腕から離れる。今度は姉の目をまっすぐに見ることができた。
「来てくれただけで感謝している。僕も姉さま達のところへ行くつもりだったんだよ。話さなくてはならないことがたくさんある。僕にとってはとても大事なことだ。それに、この星のことも相談したかった」
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