拍手小話

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砂漠

 砂漠の道は意外と険しい。容赦なく照りつける日差しとその暑さだけでなく、小刻みに登り、下りを繰り返さなくてはならない。アニスは顎からしたたり落ちる汗をぬぐった。
 イオン様の体調は大丈夫だろうか。六神将はさすがにイオン様と徒歩でここを越えたわけではないだろう。しかし、このところイオン様が置かれている厳しい状況と彼の心をそれ以上に痛めている不穏な世界情勢に、この暑さだ。彼女の胸に不安が過ぎる。
 早く、早く、助けに行かなくてはならない。
 後ろで「うぜぇ」とか、「暑い」とか、「まだかよ」とかいう、お坊ちゃまの文句が聞こえる度に、彼女はいらいらとする。この程度で男が泣き言をもらしてどうする。育ちがいいと言えば、それですむときもあるかもしれないが、許婚の王女でさえ、黙々と歩いているというのに、何か間違っている。
 誰がどう世界を救うかなんていう話は、アニスにはどうでも良かった。彼女にとって大切なのは、何の忠誠も誓っていない王国の面子でもなければ、ひたすら怪しい軍事力を増強する帝国の存続でもない。本当に身近な一握りの人のために、彼女は奮闘している。
 せめて、この私だけでも先に行って、イオン様の無事を確かめたい。


 ようやく登りきった砂丘からは、うねうねと果てしなく続く砂の海しか見えなかった。オアシスは一体どこにあるのだろう。
 焼付くような陽射しがふいと遮られた。
「アニス、あまり無理をしない方がいいですよ。先はまだ長いはずです」
 背後から声がかけられた。他の者はまだ相当下にいるのに、さすがにお偉いさんとは言えども、その名を世界に知られている軍人は違う。振り返れば、日を背中で遮るその男の表情は影になり、判然としなかった。だが、声の調子を聞いているだけでも、常日頃とさして変わらないことは分かる。そもそも、息さえ弾ませていない。
「大丈夫ですよ。このアニスちゃん、伊達に鍛えていません」
「それでも、砂漠は初めてでしょう。初心者は経験者の言うことを聞いた方がよろしいですよ。こちら側では日に照らされたままです。いったん、その下まで降りて、日が遮られる場所で少し休憩しましょう」
「でも、イオン様が……」
「彼なら大丈夫です」
「大佐、どうして分かるんですか」
「彼らはイオン様が必要だからこそ、生きたまま連れていったのです。そうでなければ、タルタロスを襲ったとき、我々も含めて艦全体を破壊すればいいのです。そうしなかったからには、ちゃんと、彼らのねらいに答えるまでは、導師は生かされていますよ」
「……」
「導師は賢い。ですから、絶対に大丈夫です。私たちが行くまで持ちこたえてくれますよ」
「う……ん」
「では、あなたは場所を確保していてください。私は口数少なくなったお姫様を拾いに行ってきます」
「ルークはいいんですか」
「口を利く元気がある間は問題ありません。皆、あなたのように優秀な兵士だといいんですがね」
 くるりと反対を振り向くと、大佐は悪態の聞こえる方へと戻り始めた。が、突然、彼女に向かって小さな容器を放り投げた。
「アニス、飲んで置きなさい。水は貴重ですが、脱水症状はもっといけません。口数の少ないあなたもかわいいですが、私もこれ以上面倒はみられませんから」
 アニスは空から降ってきた容器を両手で受け止めると、ゆっくりと下り始めた。優秀な兵士であるなら、イオン様を奪われはしなかった。そう反論したかったが、すでに大佐の姿は見えなくなっていた。少なくとも、イオン様に会うまでは倒れるわけにはいかない。
 飲んだ水は生ぬるかった。 
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