聖夜のお話

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晴雪

 立ちすくんだリフィルの前に扉の後ろから大柄な影が入ってくる。
「リフィル、もう、起き上がって大丈夫か」
「クラトス……」
 愛しい人の影はたちどころに、彼女の前へと近づき、はっきりとした姿になった。ぼんやりとその顔を見上げるリフィルに眩しそうにクラトスは目を細め、少し冷えた指先が彼女の頬を優しく撫でた。
「どうやら、熱は下がったようだな」
「あの……。夢かと思っていたの。だって、姿が見えなかったのですもの」
「朝食を用意していたところだ。お前がよく寝ていたので、起こさないほうがよいかと思った。まだ、横になっていた方がいい。礼拝には出れないだろうとジーニアスには伝えておいた」
 クラトスの顔に疲労の影が見えた。
「ひょっとして、夜中、私の側にいてくれたの」
「いや、まあ、そうだな」
「ありがとう」
 リフィルが小さな声で礼をいうと、逃げる間もなく、たくましい腕がしっかりと彼女を包み、その胸に抱きとめた。
「すまなかった。一人にさせたまま、何の連絡も取れず、心配ばかりさせてしまった。これからは、ずっとこちらにいられる。お前はいろいろと骨を折ってくれたようだから、今度は私がする。だから、今は休んでいてくれ」
「クラトス、本当なの。ずっとこちらにいられるの。私、あなたに話したいことも聞きたいこともいろいろあるのよ」
「ああ、いくらでもお前の話は聞かせてもらう。私で答えられることなら、何でも尋ねてくれ。だが、その前に床に入ってくれ」
 クラトスは軽々とリフィルを抱き上げると、ベッドの上にそっと降ろし、壊れ物のように大切に上掛けにくるんだ。優しい手の感触にリフィルは小さな子供のようにうっとりとした。
 横にクラトスが椅子を引いて座る音がした。もう一度その存在を確かめようと目を開けた。クラトスは最後に見たときと全く変わらず、あのときのように輝く赤銅の眼差しで彼女を見つめた。ずっと求めていた者がそこに在った。だけど、明るい陽の中で見れば、見慣れないあざが目の周りにある。
「あの、クラトス、その目が腫れているのは一体どうしたの」
「昨晩、ジーニアスから文句を言われた。お前がすっかり弱くなったのは私のせいだと言ってな。姉さんを悲しませたことは絶対に許さないと。私には決してお前を渡さないと言うものだから、それだけは承服できないと答えたら、殴られた。ロイドとプレセアが間に入ってくれたので、一発でどうにか許してもらった」
「まあ……。ジーニアスがそんなことを。ごめんなさい。すぐに治療するわ」
 リフィルが起き上がろうとすると、クラトスが止めた。
「いや、私が悪いのだ。お前の痛みはこんなものではないとジーニアスに叱られた。だから、このままにしておくつもりだ」
「でも、クラトス。とても痛そう。そういえば、どうして、ジーニアスと会ったりしているの。……。まさか、あなた、ジーニアス達には戻ってくることを教えていたの」
 突然、昨晩の妙によそよそしかった弟夫婦とロイド達の態度を思い出す。どうりで私を一人で家に戻らせたのだ。その間に私がどんなに思い悩んだか。
「目途がついたのが、つい先月のことだった。お前がどうしているのか知りたくて、ロイドとジーニアスにまず連絡を取った。そのとき、聖なる日が間近と聞いて、聖夜に合うように急いで戻る算段をしたのだ。あの、黙っていてすまなかった。リフィル、怒っているのか」
「怒ってなんかいません」
「許してくれ。お前の驚く顔がみたかったのだ。あの晩のように……。あの夜、扉を開けてくれたときのお前の表情がとても美しかった。あやうく、この地を離れるのを止めようかと思った」
 この人は本当にずるい。会いたくてたまらなかった人からこんなことを言われたら、怒っていられないじゃない。
「クラトス、もう一つだけ教えて。あのときの言葉は何だったの」
「……。何って、それはもちろん、お前に待っていて欲しかったから……。リフィル、何だと思っていたのだ」
「待ってくれとは言われなかったし、いつ戻るとも言われなかったわ」
「いや、あれは……。だが、ロイド達の話ではお前も……私の帰りを待っていると……。それに、昨晩、会いたかったと言ってくれたではないか」
「でも、私、返事はしていなかったと思うけど。大体、ジーニアスとあなたで渡す、渡さないと勝手にいわれても困るわ」
 クラトスが顔色を変えた。
「リフィル、昨晩だって私の名を呼んでくれただろう。今更、それは……。私はお前に会うためだけにこの地に戻ってきたのだ」
 慌てるクラトスを見て、リフィルはくすりと笑った。これだけ私を悩ませたのだから、ちょっとくらい困らせてやらなくては。 
「もう一度、きちんと言ってくれなくてはいやよ」


 聖なる日を祝うための鐘の音が遠くイセリアの聖堂から聞こえる。この朝のために、村人達がいつものように三々五々、集まっていくのだろう。ジーニアスやロイド達も、幼い彼らがそう教えられたように、聖堂に子供を連れて行き、互いに無事にこの日を迎えられた祝いの祈りを捧げているはずだ。
 窓辺に積もった雪は陽射しにゆるりと溶け、ガラス窓にはっていたレース模様の氷も姿を変えていく。カチコチとときをきざむ振り子時計の音が部屋に響く。炉にくべられた薪は赤々と燃え、架けられていた薬缶がしゅっと吹いた。
 リフィルは己をしっかりと包む腕の中で見慣れたはずのひとときでさえ、変わってしまったことを知る。彼女の心に凍り付いていた結晶はじんわりと溶け、温かい涙となって頬を伝わり、逞しい胸へと吸い込まれた。
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