望まれなかった贈り物

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  秋の朝(一)  

 かちりと扉が開く音が聞こえたが、ジェイドは寝返りを打つとその音を無視した。続いて、軽い足音が脇を通り過ぎ、カーテンがさっとひかれた。朝日がベッド脇に届くのを瞼の裏で感じ、ジェイドは早起きの妹を呪った。後三十分ぐらいは遅くても何も困らないのに、女ときたら支度のためとはいえ、どうしてこんな朝早く起きたがるのだろう。
 昨晩はとてつもないやっかいごとが降ってくる夢をみた。寝覚めが悪いのだから許してくれ。彼が半分夢うつつに起き上がらない言い訳を考えていると、軽い足音は彼のベッド脇で止まった。
「ジェイド、おはよう」
 彼の耳元で明るく高い声が聞こえた。ネフリーときたら、いつの間にこんなかわいい声が出せるようになったのだろう。最近、彼女へのオファはどれも実年齢より若い役が続いていたが、こんな声を必要としただろうか。
 ジェイドは声のした側にぐるりと寝返ると、妹の手を引っ張った。とたんに、彼の上に見知らぬ小さな女の子が落ちてきた。黒髪の少女は、昨晩の言動とは裏腹に、うわっと叫び声をあげると、たちどころに彼の上から後ずさった。
「な、な、何するの」
 見慣れない少女の姿にジェイドは数回瞬きをした。そして、十分前まで夢の中と思っていたことが現実であることをどうにか思い出した。昨晩も彼の誕生日は訪れ、頼みもしない贈り物は目の前にあった。今までと同じく、起きてしまったことは彼が寝ている間に消えることはなかった。
「アニスでしたか。起こしていただいたのに失礼いたしました。最近まで妹に起こしてもらっていたのでね。彼女とつい間違えてしまいましたよ。それにしても、あなたも早起きですね」
 小柄な女の子は彼が横たわっているベッドから数歩離れたところに突立っていた。そのまま、ジェイドの姿を今何かが分かったかのように、口に手を当て、まじまじと見ていた。彼はそんな少女の反応をいぶかしく思いながら、ベッドの上に体を起こした。
 なおも、少女は大きな目をさらに見開いて、彼を見つめる。大きく黒めがちな瞳がはっきりと彼に照準を定められていることが分かると、ジェイドは思わず自分の顔を擦った。
「私の顔に何かついていますか」
「あなたって、まさか。あなたって本物のジェイド・カーティスなの」
「ひょっとしてこの世には本物と偽者のジェイド・カーティスがいるのですか。とりあえず、私の名前はそのとおりですよ」
「嘘……」
「嘘と言われると困ってしまいますね。それより、よく眠れましたか」
「え、ああ、昨晩はありがとう。素敵なお部屋で、うんとよく眠れた」
 少女はまだじっと彼の姿を追っていた。
「そんなに見つめられると照れてしまいますね」
 ジェイドはにっこりと笑った。とたんに、少女が瞬きをして、顔を赤くし、目を逸らした。それから、思い直したように彼のベッド脇に近づくと、勢い良く話し始めた。
「昨晩はいろいろとありがとう。よく寝れたよ。だけど、ああ、信じられない。昨日の夜は緊張していたから、全然気づかなかった。どこをどう見ても、ジェイド・カーティスだ。あの、私も事務所でジェイドの出ていた『緊急科学特捜隊』を毎日見ているよ」
「それはどうもありがとうございます。ですが、あの番組を収録したのは、十年前ですよ」
 あの当時、日曜日のゴールデン・タイムに最高視聴率を誇ったドラマが、今もどこかのケーブルテレビで毎日再放送されていることは、彼も知っていた。良く練られた台本とキャスティングの妙で人気に火がつき、半年の約束が数年間も続くはめになった。そのおかげで、今でもドラマの中の名前で呼ばれることもあるぐらいだ。
「全然変わっていないよ。主人公のロック所長をやっていた人も格好よくって、困った女の人を助けたりするのが好き。けど、あの番組では、エラリー博士が最後の真相究明するところが一番気に入ってるの。ほら、どんなに厳しいことでも真実から目を背けてはならないって言うところがあるじゃない。冷たそうに見えるけど、博士が一番困っている人を考えていたって分かるところだよね」
「あなたから褒めていただいて、朝から元気がでますよ。私もあの博士の役柄は好きでしたがら、そう言ってもらえると演じたかいがあるますね。ついでに、ロック所長をやっていた人にもあなたの感想を伝えておきましょう。彼は与えられた役柄通り、熱血馬鹿ですからね。きっと、喜びますよ」
「ロック所長をやっている人と仲良しなの」
「残念ながら、そうなんですよ。あなたと私が今朝こうして会話できるのも、彼のおかげですよ」
「え……」
 少女が不思議そうな顔をした。
「今説明すると長くなりますし、今朝はいろいろとすることがありますから、おいおいお話しますよ。さてと、支度をしますからちょっと待っていて下さい」
 彼の言葉に少女は頷いた。
「わあ、ロック所長の話が楽しみだな。そうだ。私、朝ごはん作っていたの」
「あなたがですか。この家に食べ物なんてありませんけれど」
「私、ママのお手伝いをしていたから、料理は得意なの。あの、冷蔵庫の中、あまりものが無かったから、たいしたものないけど」
「それは楽しみですね。さて、私も大急ぎで着替えましょう」
 ジェイドがベッドから出たとたん、少女はぽかんと口を開けたまま、彼の姿を見つめ、くるりと回れ右すると大慌てで部屋の外へと出て行った。どうしたのだろうと、ローブに手を伸ばしたところで気づいた。さすがに妹ではないのだから、下着一枚だけというのはまずかったに違いない。だが、これで恥ずかしがっているようでは、彼女がいうところのサービスなど、実践するのは全く無理に違いない。昨晩の少女の真剣な表情がとうとつに浮かび、ジェイドは苦笑した。
 ピッと音がして、小机の上の携帯が着信メールがあることを教えた。とたんに、ジェイドは、ナタリアが家を訪ねてくることを思い出した。あのお嬢様のこと、さぞかし、写真映えするファッションで決めてくるに違いない。頼んだ手前、彼も相応な準備はしないといけない。ナタリアの美しいエメラルドの瞳に合うような色の服はどれがいいだろう。
 妹がいないと不便なことばかりだ。慌ててバスルームで顔を整え、ジェイドはうんざりしながら自分のクローゼットを覗き込んだ。
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