番外編(収束)

INDEX

OVA仕様 オリジンの封印解放 後日譚
Love is over there (愛は彼方)


 大樹の傍にいると、時の流れがゆったりとしている。
 春爛漫の日差しの中、ユアンは小さな小屋の窓を開け放し、霞に 飾られた大樹の姿を遠くに見た。クラトスにいいように言いくるめられた 気がしないでもないが、今、彼は大樹の守人として、大樹の麓で 寝起きしている。マナの流れは落ち着き、大樹が放つ輝きは見ずとも 体で感じられるほどだ。
 大樹の周辺は霧に包まれた深い森になっており、滅多なことでは 人はやってこられない。たまに道に迷う旅人が来れば、外の話題と 引き換えに、一杯の茶や菓子をふるまう。クラトスの息子や 昔の知り合いからは寂しくないかと尋ねられるが、ユアンはこの気ままな 一人暮らしが意外にも気にいっていた。暮らしのために、たまに 町まで必需品を求めて下りるが、それ以外に人の世との接触はほとんどない。 それでも、以前とは異なり、世界の活気が感じられた。
 のんびり緑に溢れる景色と鳥たちの声を楽しんでいると、 人の世と大樹の存在を隔てている霧の中に人の気配を感じた。以前なら、すぐ腰の剣に手をやった だろうが、今はそんな必要はない。そもそも、腰に剣を佩いてもいない。 ユアンは椅子から立ち上がりもせず、 訪問者を待った。
「よう、ユアン、久しぶり」
 霧の向こうから、クラトスの息子が近づいてくる。 ユアンはいつでも眩しいロイドのマナに目を細め、 かけていた眼鏡をはずした。 粗末な小屋の扉からロイドが顔を出した。
「すこしいいかな」
 そう言いながら、ロイドが遠慮なく小屋へと入ってくる。
「ロイドならいつでも大歓迎だ。元気だったか」
 ユアンは卓の上に散らかしていた本を片付け、 ロイドに手招きした。後ろから顔を出すと思った愛らしい 神子の姿が見えない。
「今日はコレットはいないのか」
 茶でも出そうと水切りに向かっていると、ロイドが答えない。 不思議に思い、振り返るとロイドが顔を真っ赤にして立っていた。
「ずいぶんと大きくなったな」
 この数年でクラトスの身長を追い越したかもしれない。ユアンでも見上げるだけ、 ロイドの背が伸びており、時間の経過を感じた。人の成長は早い。
「あ、ああ・・・」
 ロイドが頭を掻いた。ぼさぼさの髪形はあまり変わっていないようだ。
「茶を出すから、そこに座ってくれないか」
 狭い小屋の中がロイドの存在でさらに狭く感じられる。そう、クラトスがいればこんな感じかもしれない。ユアンは自分の想像に心の中で笑った。
「ありがとう」
 素直に礼をいい、ロイドは椅子に腰掛け、興味深そうに 小屋の中を見回した。
「何か気になるものでもあるか」
「いや、あんたがどうやって父さんと連絡をとっているのかなと 思って」
 二つのカップを手に、ユアンもロイドの向いに座った。
「内緒だ」
 笑って答えると、ロイドは肩をすくめて、にやりとつぶやいた。
「やっぱり、愛の力か」
 ユアンは思わず、カップを取り落しかけた。
「クラトスはどういう育て方をしたんだ。いや、ダイク殿のせいか。ロイド、我々の間にそんなものは不要だ」
「そうだよな。愛もいらないぐらい、ずっと一緒だったんだよな」
 遠くに目をやり、ユアンはこの愛すべき単細胞青年に向かって、カップを押しやった。 クラトスと一緒にいるより疲れるかもしれない。 しばらく、二人は黙って茶を楽しんでいた。
「あんた達、いつから付き合ってたの」
 とうとつにロイドが訪ねた。父親のことが気になるのは分かるが、お前はどこのタブロイド紙のリポーターだ。ユアンは半眼でロイドを見やる。
「付き合ってなんかいない」
 まあ、なんだ。一線は越えていたかもしれないが、他人から見たら、我々は恋人同士などという甘い関係では断じてない。 四千年の同志だ。ユアンの心の声はロイドには届かない。
「父さんが恋人同士だから頼むって・・・旅立つ前に頼まれてたんだ」
 がっくりと首を垂れ、ユアンはロイドの困ったような顔に説明を始めた。
「あいつが勘違いしているだけだ。なにせ、最初のときから一方的なのだ。 私の意見など聞きやしない」
 いきなり、クラトスの部屋に呼び出されて、まあ、その前から関係がなかったわけではないのだが、 とにかく、一方的に言い渡されてだな。私はそんなつもりはないと断ったのだが、 その後は私の周りにいる者が誰も近づいてこないのだ。クラトスとユグドラシルの目つきの 悪さときたら、ただごとではないからな。いや、ユグドラシルとは、そういう関係ではない。 あいつは、私の義理の弟になるから。
 ユアンのまったく要領を得ない説明にロイドが首をかしげる。
 父さんから聞いた話と随分違うなぁ。確か、ミトスに虐められて困っていたユアンを助け、 母さんと出会う前、デリス・カーラーンにいる間は守っていたと言ってたけど。 こんなにきれいな人なら、確かに守ってやらないといけないかもしれないけど、 下手すると俺より強いよなぁ。ミトスはともかく、他にどんな恐ろしい人達がウィルガイアにはいたんだ。 父さん、今大丈夫かな。
 ロイドが目を彷徨わせる姿に、理解を求めることは諦め、ユアンは話題を切り替えた。
「お前の育ての親のダイク殿は息災か」
「ああ、親父は元気だよ」
「では、クラトスと連絡を取りたいのは、コレットのことだな」
「え、なんでわかるの」
「ここにコレットがいない。だが、お前は憔悴していない。なにか よいことか」
「あ、あの、コ、コレットと俺、結婚つうか・・・」
 また、ロイドが顔を赤しくて、頭を掻いた。こいつでも照れるのだな。まあ、コレットがいなくて良かった。二人で目の前できゃっきゃっとじゃれるのを見せつけられては敵わない。ユアンは満面の笑みで祝いの言葉を贈った。
「それはおめでとう。まあ、当然の結果だな」
「父さんに伝えたくてさ。ユアン、あんたから言ってくれないか」
「クラトスに伝えたいなら、自分で伝えるがいい」
「どうやって」
「お前が言うところの愛の力で・・・冗談だ。ロイド、そんな顔をするな。 ウィルガイアは我々の本拠地だった。すでにディザイアンの基地は 破壊されたが、一部残っているものもある」
「あんた、俺たちに黙っていたのか」
「いや、ディザイアンの基地や人間牧場、神子の試練については 全て伝えた。そうではなくて、ディザイアンではない方の基地だ」
「レネゲードか」
「ああ、こちらも基本的には破壊したが、 どうしても貴様の父親とは連絡をとる必要があってな。 どこまでエクスフィアがこちらに残っているのか、あちらの記録がないと 把握することは無理だ」
「だから、あんたがたまにリストを寄越して、俺たちに探させていただんだな」
「クラトスと連絡を取りたいのだろう。案内する」


 ユアンは岩山の影に佇むレネゲード基地跡へと入った。 ロイドがきょろきょろと周囲を見回し、懐かしそうに声をあげた。
「そういや、あんたに助けられてここに来たことがあるなぁ」
「ああ、すぐに逃げられたがな」
 ユアンも苦笑しながら返事をし、メインコンソールのある部屋へと 進む。薄暗い基地跡のそこだけが、まだ機能している。 手早く、キーを打ち込み、ロイドをモニターの前に立たせる。 待つこと、数分でモニターの中心から明るくなり、 クラトスの姿が浮かび上がった。
「ユアン、今回は早いな」
 そこで、クラトスは黙った。目の前に予想外の人物を見たからだ。
「なぜ、ロイドがそこにいる」
 相変わらず表情の薄いクラトスがいきなりユアンをなじる。 横で、ロイドは自分の父親の勢いにタジタジとなっている。
「クラ・・・父さん、お久しぶり。元気か」
 一応、ロイドが声をかけると、クラトスはやや横を向いて、 一言、無事だと答えた。
「ロイド、あいつは照れているだけだから、気にするな」
「ユアン、余計なことは言うな」
 殺伐としたやりとりに、ロイドが目を白黒させる。
「それで、どうした」
 さすがにユアンが小声でロイドをせかした。
これは緊急回線だから、なにか起きたかと心配しているのだ。 目出度いことを早く教えてやってくれ。
 ちっともわからなかった。さすが、長い間一緒にいただけの ことはあるなぁ、と笑いながら、ロイドは片手をあげる。
「いきなり、ごめんね。父さんに一番に教えたくてさ。コレットに子供ができた」
 さすが、クラトスの息子だ。素早いなぁ。というか、道理でコレットが くっついてきていなかったわけだ。
「ロイド、おめでとう。・・・だが、結婚していたか」
 クラトスが微妙な問題にいきなり切り込む。
「あ、まあ、そういうことで」
 しどろもどろにロイドが答えている。
「ロイド、お前はきちんとしないとだめだ」
 はあ、せっかくの祝いごとに何言ってるんだ。貴様はどうだった。ま、私もそうだったがな、じゃなくて、横でロイドが 俯いているじゃないか。
「クラトス、目出度い日に何説教かましている。孫ができたのだぞ。貴様もこれで おじいちゃんだぞ。良かったな」
「あ・・・・」
 珍しくぽかんとしたクラトスだったが、気を取り直すと、ユアンに向かって くってかかった。
「お前が私におじいちゃんなどと言うな」
 そこで、クラトスがロイドにようやく笑みを見せた。
「アンナも喜ぶだろう。コレットを大切にするのだぞ。アンナもお前が生まれるまでは かなり辛そうなときがあった。コレットは大丈夫か」
 ふむふむ、とロイドが頷き、コレットの様子を伝えている。親子の交流の手伝いができてユアンも嬉しい。 ついで、クラトスの笑顔も拝めて、一石二鳥だ。
「ああ、リフィル先生や村のみんなも気を使ってくれてさ」
 ロイドとクラトスの笑顔はよく似ているなぁ、とユアンが楽しんでいたそのとき、 ロイドが余計なことを伝えた。
「そうそう、リフィル先生って言えば、ユアンと最近仲良くってさ、二人で一緒に」
 なんか、今、通信機の負荷が急に高くならなかったか。ユアンは慌てて 機器のメーターをのぞき込んだ。というか、画面を直接見る勇気がなかった。
「ロイド、今、リフィルとユアンが・・・なんだと」
 え、二人仲良く、と余計なフレーズをロイドが繰り返している。機器が放電しているのは、 決してユアンが雷撃を打ったわけではない。クラトス、虚空はるかかなたにいるのに、 ここまでマナが操れるとは、私よりも術が使えるのではないか。
 どこからか、電気系統が故障したのだろうか。オゾンのような匂いが 立ち込める。 ユアンは唯一無二の通信機の危機を救うべく、ロイドを押し出し、モニターカメラに訴えた。
「クラトス、勘違いするな。私はリフィルの学校でマナについて教えているだけだ」
 オゾンの匂いどころか、煙がでていないか。ユアンの叫びがクラトスに通じているとは思えない。
「また、これだ。クラトス、通信機が過負荷だ。ロイド、早く説明してやってくれ」
 あ、ああとロイドが慌てて、クラトスに村の学校が人気で人手不足であると伝えている。 その後はロイドもわかったのか、コレットとジーニアスを話題にしばらく父親と 話していた。
「ロイド、連絡をありがとう。くれぐれもコレットに無理をさせるのではないぞ。コレットに私の祝いと、ダイク殿によろしくと伝えてくれ」
 ああ、ようやく心温まる、だが、危険極まりない親子の会話が終わる。ユアンが胸を 撫でおろした。
「それから、これが一番大事なことだが、ロイド、ユアンをよく見はっているのだぞ」
 言いたいことを一方的に宣言し、クラトスが、突然、画面から消えた。しんと静まった部屋に、冷や汗をぬぐうユアンと 親子の会話の余韻に浸るというよりは驚愕しているロイドが残された。 まだ、残るオゾンの匂いにロイドが大きく息を吸った。
「父さん、相変わらずの迫力だな。クラトスのテーマが背後に聞こえたよ。 だけど、あんた、大変なんだなぁ。父さんを相手にするのって命がいくつあっても足りないよな」
 ロイド、わかったような口を利くな。こんなのは、序の口だ。 数多のジャッジメントに本当の命の危機を何度も潜り抜けてきたハーフエルフは むっとした表情を浮かべた。
「あ、ごめん。わりぃ、わりぃ。いくらなんでも、ユアンに父さんの悪口はだめだよな。 父さんは一途だからさ。あんたの 溢れる愛がないとやってられないってことだよな」
 ある意味、クラトスと入れ替わってほしいぐらい直截なロイドの言葉に ユアンはうなずくべきか、違うと指摘すべきか、しばし悩んだ。

 愛だけではやっていけないことがこの世には多すぎる。

INDEX
 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送