王国 ---出会い(1)

王国

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出会い(1)

 春の息吹が遠くに感じられるその日、出窓からながめる庭にはわずかな光を求めて、小さな白い花がほんのすこし首をもたげ始めていた。
 クラトスは庭に出てしっかりと確かめたかったが、母親から風邪から回復したばかりなのだからときつく止められていた。だから、寝巻きのまま窓枠に寄っていた。
 遠く、門に父の馬車が入ってくるのが見えた。いつもなら、王宮へ出向けば数日は帰ってこないものがどうしたのだろう。あわてて駆け寄る門番と執事の姿が見える。父が馬車から降りるなり何やら指示を出しているのが見えた。
 珍しい。あの父が館にも入らずに命令をするなんて。好奇心にかられ、窓枠から飛び降りると、上着をひっかけて下へと向かう。
 2階から玄関ホールを覗くと、父が母を呼ぶ声がした。
「まあ、何ですの。騒々しいこと」
 おっとりと居間の扉をあける母に父が何事か耳にささやいている。母の優しい顔に憂いが浮かぶのがみて取れた。
 その瞬間、勢いよく扉が開き、従僕がなにやら抱えて入ってくる。後ろには王宮付きの侍医がつきしたがっていた。母は侍女に指示を与えると、居間の方へ彼らを招き入れる。父は後ろから従ってきた騎士に何やら書面を渡していた。


 そっと、階段を下りる。
 居間のなかでは大人たちの深刻なささやきが交わされていたが、内容は聞き取れない。従僕が抱えていた毛布の中から長い青い髪が見えていた。誰だろう。
 こっそり覗こうと近づくと、いきなり、扉があき、彼はしりもちをついた。
「まあ、クラトス」
 母が助け起こす。
「何をしているの。お部屋にいなければ駄目でしょう」
 やさしく促されながらも中を覗き込むと、さきほどの青い髪の子供がソファに横たえられているのが見えた。やっぱり、子供だ。
「ねぇ、母上、あの子は誰」
「ちょっと、病気をしていてね。お父様がこちらで静養するように連れていらしたのよ。さ、静かに。お部屋に戻っていなさいな」
 母の横をあわただしくメイドが盆に水や薬をのせて通り抜ける。
「後で紹介してあげますから、ね。少しお待ちなさい」
 母はクラトスをしっかりと外に出しながら、メイドに部屋の用意を命じている。
「お前は部屋に戻っていなさい」
 父が珍しく厳しい声で彼を促したため、クラトスはうなだれながら、外に出た。
「今夜が峠でしょうか」
 侍医の声が外に出る彼の耳に入った。
「なんとしても命は取り留めてくれ。ここでこの子を失っては陛下が何をされるか」
 父の低い声が聞こえた。


 その夜の食卓は妙に静かであった。いつも朗らかな父も母もあまり会話をかわさない。
「ねぇ、さきほどの子供はなんという名前なのですか」
「ユアンという。王立学問所に半年前に入ったばかりだ」
 父は言葉短に答えると、食欲なさげに皿をおしやった。
「途中入学だからな、お前より2歳ほど上だ」
「まだ、12歳なのですか」
 母がまた悲しそうにつぶやく。
「じゃ、僕たち、友達になれるかな」
 クラトスの声に両親が目をひそやかに見交わしながら、それでも優しくうなずいてくれた。
「そうなさい。仲良くしてあげてね」


 頭のなかがぐらぐらする。もう、この世にはいたくない。
 彼は覚醒するのをためらった。
 誰も助けてくれない。優しい言葉をかけたかと思うと、彼の希望をすべて踏みにじる。なんと美しいと褒め称えながら、蹂躙する。その頭脳をほめそやし、ハーフエルフだとあざける。もう、いい。誰も、誰も彼を彼としてみない。美しいだけのただの玩具。言われれば答えを出す機械。できそこないの生き物。
 だが、無常にも覚醒は訪れた。どこかで、火がはぜる音がする。横に人の気配が感じられる。一瞬、似たマナの輝きに身をこわばらせたが、違う。あの男ではない。
「どうやら、気づいたようです」
 聞きなれない人間の声がした。
「どうだ。話せるか」
 あの男に似ているが、でも、雰囲気のまったく違う声が彼に呼びかける。王立科学研究所の主席官だ。
「水、水をください」
 どうにか、声を絞り出した。ひんやりとした優しい手が彼を助け起こし、美しいガラスの器を口にあてる。
「安心して。ここにいれば大丈夫よ」
 優しいマナをうっすらとまとった声に今まで出なかった涙がこぼれそうになる。泣くなと自分に言い聞かせようとしたが、止める間もなく涙が頬をつたう。
「つらかったでしょうね。さあ、」
 こらえる彼の背中をその手はそっとさすり、彼はまた夢の中にはいっていった。


「一晩でここまで直るとは、驚くべき回復力ですな。ハーフエルフは」
 侍医が低く囁く。
「熱はまだ出ておりますが、こちらの薬を処方くだされば、1週間程度で動けるようになるかと思います。傷口には、こちらの薬を塗ってやればよいかと存じますが、何分にも、時間が経過しておりますので、少々回復までは時間がかかるかと存じます。また、明日参りますが、本日はこれにて王宮に戻ります。ただ、身体が弱っておりますゆえ、あまり、陛下が無理を強いますと」
「よくやった。後は私から陛下に申し上げて置くが、陛下から問われたら、お前からも少なくとも一月はこちらに留め置くようにと進言してくれ。同じことを繰り返さないように兄上には私からも言っておく。」
「承りました。アウリオン様、では、私はこれにて」


「どうだ。寝たか」
「ええ。このまま、うちで預かるわけにはいかないのかしら」
「それは無理だろう。陛下はひどくご執心だ。王妃の件もあるから、あまり事を荒立てたくない」
「でも、たったの12歳ですよ」
「あの方の子供だ。われわれの手元にはおけないよ」
「こんなに愛らしい子供なのに、どうして、陛下は御無体なことをなさるのでしょう」
「あの方を失ってから、陛下は正気ではいらっしゃらない。私がこの子を見出さなければ良かったのだが、もう、陛下はこの子にすっかり囚われていらっしゃる」


 両親の話がきれぎれに聞こえた。理由はよくわからないが、陛下となんか関係があるのだろうか。両親が静かに部屋を出て行くのをみて、しのびこむ。
 部屋は炉に火がおこされ、この季節にもかかわらず、暖かだった。
 奥のベッドに一昨日見た美しく長く青い髪が寝乱れて広がっているのが見える。そっと近づくと、今までみたこともないほど美しい子供が寝ていた。息を呑んで見とれていると、ぱっちりと目が開く。その目も驚くほど大きく母親の持っている家宝の宝石ように青色に輝いていた。
「目、覚めたかい。君は誰」
「ユアン」
 か細いが妙に大人のような声が答えた。
「ここはどこですか」
 きょろきょろと周りを見る。
「ここは僕のうちさ」
「あなたは誰」
 年には似合わない落ち着いた声がさらにたずねる。
「クラトス・アウリオン。よろしくね」
 にっこり笑いかけると、美しい顔が少し緊張し、何か考えているかのように目が彼の顔に焦点をあてる。もう一度、クラトスが笑いかけると、少年の整った面もつられて、柔らかい笑顔にいろどられた。
 とても、印象的なその笑顔にすっかり嬉しくなって、ベッドのすぐ脇へと立った。少年も近づいた彼に挨拶をするつもりなのか、
「よろしくお願いします」
と言いながら、起き上がろうとするが、どう見ても腕には力が入っていなかった。
「無理しないほういいんじゃない。2日も寝ていたんだよ。何かほしいの」
「いいえ。何も欲しいものはありません」
 少年はすっと目線を下に落とすとまた横になった。
「ずっと、目が覚めなければ良かったのです」
 さきほどの落ち着いた声が震えるように絞りだされた。
「どうしてさ」
「なんでもありません。私にはかかわらない方がきっといいですよ」
 少年はしばらく黙ったあげくに、ぽつりともらした。そむけた顔と肩が密かに震えているのをみつける。
「具合悪いの。母上を呼んであげようか」
 少年は答えずにただ、頭を横にふった。
「すみませんが、私が気がついたことを誰にも言わないで下さい」
 くぐもった声が彼に頼む。こっそり忍び込んだこともあり、彼はうなずく。
「神に誓って」
 よく騎士たちが使う誓いの仕草をする。すっかり黙ってしまった少年をしばらくながめていたが、寝ているようだったので、そっと部屋の外に出た。
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